有川浩さんの小説「ストーリー・セラー」の感想です。
小説家の妻とその夫、仲睦まじい夫婦を不治の病が引き裂きます。
夫と妻、それぞれが運命に抗おうとする壮絶な戦いに挑む姿が描かれます。
遺す側・遺される側の立場を入れ替えた2通りのストーリーで紡がれる、ハードな夫婦の物語でした。
- 作者:有川浩
- 対象:中学生~
- エログロ描写なし
- 2010年8月に新潮社より刊行
- 2015年12月に幻冬舎より文庫化
- 2011年本屋大賞・第10位
「ストーリー・セラー」あらすじ
「ストーリー・セラー」は有川浩さんの小説です。
小説家の妻とその夫、という組み合わせの2組の夫婦を襲う試練を描いたストーリーとなります。
そんな「ストーリー・セラー」のあらすじを掲載します。
妻の病名は、致死性脳劣化症候群。複雑な思考をすればするほど脳が劣化し、やがて死に至る不治の病。生きたければ、作家という仕事を辞めるしかない。医師に宣告された夫は妻に言った。「どんなひどいことになっても俺がいる。だから家に帰ろう」。妻は小説を書かない人生を選べるのか。極限に追い詰められた夫婦を描く、心震えるストーリー。
ストーリー・セラー―Amazon.co.jp
2010年8月に刊行と、有川浩さんの経歴の中では初期の部類に入る小説です。
しかし、この同じ年に「キケン」でも本屋大賞・第9位を獲得と、人気作家として着々と実績を重ねていた時期でもあります。
そんな時期に書かれた「ストーリー・セラー」は、有川浩さんらしい読みやすい軽さと、胸が締め付けられるような過酷な展開が相まっている傑作でした。
タイトル「ストーリー・セラー」の意味
この小説「ストーリー・セラー」のタイトルは、直訳すると<物語を売る人>となります。
※「story=物語」「seller=売り手」
つまり<小説家>という意味ですね。
しかし「ストーリー・セラー」に登場する2人の小説家は、それぞれが違う目的で<物語を売る人>として小説を書き続けます。
「何のために」もそうですが、「誰のために」も考えさせられる小説でした。
『SideA』&『SideB』の各あらすじ・感想
「ストーリー・セラー」は『SideA』・『SideB』と2部構成となっています。
そのA・Bいずれの話も
- 妻が小説家
- 夫はその妻を支える会社員
- 2人の出会いは会社
- 夫婦の片割れが不治の病にかかる
という点で共通しています。
ただし、最後の『夫婦の片割れが不治の病にかかる』という点は、
- 『SideA』では妻
- 『SideB』では夫
と不治の病にかかる人が妻or夫という違いがあります。
また、話の語り手も『夫婦のうち病気にならない方』と異なり、『SideA』では夫、『SideB』では妻と変わります。
ちなみに↑のあらすじは『SideA』のもの。
最愛の妻または夫が絶対に直らない病気になったときの、残された方の激しい葛藤が描かれています。
また、個人的には遺される側と遺す側の立場が180度変わるとここまで違った見え方になるのか、と興味深くもありました。
『SideA』のあらすじ&感想
『SideA』では、不治の病にかかった小説家の妻の姿を、その夫の視点から綴っています。
その不治の病は「致死性脳劣化症候群」という架空の病気です。
考え事をすれば考え事をするほど脳が劣化し、死が近づく。
小説家にとっては死刑宣告のような病気に立ち向かう妻と夫の壮絶な戦いの様子が描かれていました。
妻と夫の甘酸っぱい少女マンガのような馴れ初めから急転、夫婦に襲いかかる悲劇の数々には胸を抉られます。
現実でもひどいことは重なりがちですが、ここまでたたみかけるように一気に悲劇が襲いかかると読んでいるこちらも気が滅入ってしまいました・・・。
そのため『SideA』は一気読みでしたが、『SideB』は読むまでに1日、間を開けました。
妻が病にかかる原因となった嫉妬に狂う大学時代のサークル仲間の描写もえげつないですが、何より不快感が強かったのが妻の家族の描写。
あまりに生々しすぎて想像しないように読むのが大変でした。
『SideB』のあらすじ&感想
『SideB』では、不治の病にかかった夫の姿を小説家の妻の視点から綴っています。
小説家の妻をホレボレするほど献身的に支える夫。
妻の仕事に理解があって、家事が得意でなくても文句も言わない。
こんな理想の夫を絵に描いたような夫に重大な病気が見つかってしまいます。
死期が近いことを知り、かえって冷静に残された時間を過ごそうとする夫。
その夫と対照的に、残されることになる妻の焦燥や不安がヒシヒシと伝わってきました。
「自分のために夫に生きてほしい」と願う妻。
その気持ちは、同じ立場になったら誰もが感じることなのではと思わされました。
小説家という「夢を操る仕事」の妻はこの不幸を夢に、夢とは逆のことが起こるという逆夢にしようと文章を書き始めます。
読んでいくうちに、どこまでが夢で、どこまでが現実なのか曖昧になっていく。
そんな感覚も味わえる小説でした。
言葉の羅列に感じた狂気
言葉は、整った普通の文章であれば、目に優しくスルリと入ってくるものです。
しかし、同じ言葉が見開きのページいっぱいに羅列されていると、ゾッとするほどに狂気を感じました。
「ストーリー・セラー」では『SideA』・『SideB』いずれも言葉の羅列のシーンがあり、ダイレクトに視覚を襲ってきます。
その暴力的なまでの言葉の狂気を感じ、同時に言葉への祈りも感じられる。
「ストーリー・セラー」では言葉の力を浴びられる、そんな類い希な読書体験ができました。