東野圭吾さんの小説「魔力の胎動」の感想です。
スポーツ選手の不調や不幸な事故による苦悩を、鍼灸師の男性と不思議な能力を持つ少女が解決していくミステリー小説です。
物理学を応用したミステリーと、心温まる人間ドラマが味わえるストーリーでした。
映画化もされた小説「ラプラスの魔女」の前日譚でもあります。
- 作者:東野圭吾
- 対象:中学生~
- グロテスクな描写なし
- 性的な描写ややあり
- 2018年3月にKADOKAWAより刊行
- 2021年3月に文庫化
- 「ラプラスの魔女」の続編(前日譚)
「魔力の胎動」について
「魔力の胎動」は東野圭吾さんのミステリー小説です。
この「魔力の胎動」はミステリーですが、人が殺されたり事件が起こったりするわけではありません。
ジャンルの説明がとても難しいのですが『物理学を応用したミステリー』といえば遠くはないでしょう。
まずは、そんな「魔力の胎動」のあらすじを掲載します。
悩める人々の前に現れた彼女は、魔女
成績不振に苦しむスポーツ選手、
魔力の胎動―Amazon.co.jp
息子が植物状態になった水難事故から立ち直れない父親、
同性愛者への偏見に悩むミュージシャン。
彼等の悩みを知る鍼灸師・工藤ナユタの前に、
物理現象を予測する力を持つ不思議な娘・円華が現れる。
挫けかけた人々は彼女の力と助言によって光を取り戻せるか?
円華の献身に秘められた本当の目的と、切実な祈りとは。
規格外の衝撃ミステリ『ラプラスの魔女』とつながる、あたたかな希望と共感の物語。
「魔力の胎動」は全5章からなる連作短編集です。
そのうち4章までが鍼灸師・工藤ナユタの視点から、謎の少女・羽原円華(まどか)とさまざまな謎を解決していくストーリー。
最後の5章目、表題作でもある『魔力の胎動』は地球科学が専門の大学教授・青江修介の視点で描かれます。
このうち青江修介と羽原円華は「魔力の胎動」の前作「ラプラスの魔女」の主人公たち。
「魔力の胎動」は「ラプラスの魔女」の続編でありつつ、「ラプラスの魔女」の前日譚を描いた小説です。
映画化『ラプラスの魔女』前日譚
魔力の胎動―Amazon.co.jp
自然現象を見事に言い当てる、彼女の不思議な“力”はいったい何なのか――。彼女によって、悩める人たちが救われて行く……。東野圭吾が価値観を覆した衝撃のミステリ『ラプラスの魔女』の前日譚。
第5章『魔力の胎動』は、まさに「ラプラスの魔女」に直結するストーリーとなっています。
※「前日譚」とは、オリジナルの物語の前に起こるストーリーに焦点を当て、オリジナル作品に先行するもの、前作のバックストーリーの一部を構成するものです。
前作「ラプラスの魔女」を読んでいなくても楽しめる?
「魔力の胎動」は前作「ラプラスの魔女」を読んでいなくても十分に楽しめると思います。
ちなみに、わたしは「ラプラスの魔女」を読んでいましたが、読んだのが数年前だったので、大筋以外はほぼ忘れていました。
そんな状況でもしっかり楽しめたので「ラプラスの魔女」を未読でも問題はないと思います。
ただ「ラプラスの魔女」を読んでいないと、羽原円華の能力の謎が全く分からないのがデメリット。
逆に言えば「魔力の胎動」は「ラプラスの魔女」のネタバレをしていません。
なぜ羽原円華には特殊な能力があるのか?
大学教授・青江とどのように関わっていくのか?
気になった方は、ぜひとも「ラプラスの魔女」も併せてチェックしてみてくださいね。
ちなみに、ご存じの方も多いでしょうが「ラプラスの魔女」は2018年に実写映画化されています。
ラプラスの魔女
櫻井翔さん、広瀬すずさん、福士蒼汰さんなど豪華キャストにより映像化された「ラプラスの魔女」も必見ですね。
「魔力の胎動」感想・あらすじ
「魔力の胎動」の感想・あらすじです。
プロスポーツ選手の悩み
「魔力の胎動」のうち、第1章『あの風に向かって飛べ』と第2章『この手で魔球を』は、いずれもプロスポーツがテーマのお話です。
第1章『あの風に向かって飛べ』はスキージャンプ、引退を決意したベテランジャンパーの苦悩を描いています。
わたしのスキージャンプの知識はテレビで試合を観たことがある程度。
そんな初心者でも面白く読めました。
スタートのタイミングや姿勢など、とても繊細な競技なのだと知り見方が変わりそうです。
「魔力の胎動」は、鍼灸師として成績不振のベテランジャンパー・坂屋のケアをするナユタが、謎の少女・円華と出会うところからスタートします。
坂屋の試合の映像を一度見ただけで、不調の原因を言い当てる円華。
傍若無人な円華の振る舞いに反発を覚えるナユタですが、彼女の能力を目の当たりにしたことで次第に打ち解けるように。
つづく第2章『この手で魔球を』は、野球がテーマのお話です。
唯一無二のナックルボールによりプロで活躍するピッチャーと、そんな彼が投げる魔球をただ一人捕れるキャッチャー。
しかし、体の限界を感じていたキャッチャーは引退を決意していました。
引退するキャッチャーは魔球とも言えるナックルボールを捕れる後任探しをしていました。
しかし、目星をつけた若手キャッチャーが過去の試合のトラウマにより絶不調に。
何とかしてトラウマを克服させ、ナックルボールを捕れるようにしてほしい。
そんな無理難題に円華が挑みます。
スキージャンプや野球をはじめ、プロスポーツはどれも繊細な競技なのだと思わされます。
不調から立ち直るきっかけに物理学などの知識はもちろん必要です。
けれども、知識よりももっと大切なものがある、そう感じさせる話でした。
事故の真実
第3章『その流れの行方は』は水難事故、第4章『どの道で迷っていようとも』は転落事故の真実を描く物語でした。
自然の中で起きた事故は、とっさの判断が命運を分けることもあります。
第3章『その流れの行方は』では、そんなとっさの判断が正しかったのかどうか悩む父親の姿が描かれます。
さらに第4章『どの道で迷っていようとも』で描かれたのは、公私でのパートナーを転落事故で失った作曲家の苦悩。
同性愛をカミングアウトしたことで彼を追い詰めてしまったのではないか。
自殺にも思われる状況で亡くなったパートナーに対する後悔から、作曲家は新作を生み出せなくなってしまいました。
ナユタと円華はそんな彼らを悩みから救っていきます。
また第4章『どの道で迷っていようとも』は、ナユタの人生にも救いを与える展開でした。
ナユタが抱え続けてきた苦悩。
過去の苦しみから解放されたナユタの姿には希望がもらえました。
身近な危険
ナユタと円華のストーリーは第4章で終わり、第5章『魔力の胎動』では主人公が大学教授・青江にバトンタッチされます。
地球科学を専門にする青江のもとに、温泉街にて硫化水素ガス中毒により亡くなった人物の調査依頼が届きます。
依頼を受け青江が思い出していたのは3年前、同じように温泉街で起きたガス中毒事件でした。
温泉旅行に来ていた両親と子ども3人がガス中毒により亡くなった事故。
家族が亡くなったのは本当に不幸な事故だったのか?
その真実を探るうちに、青江は今まさに起こりかけている事件にも気付きます。
足を踏み入れ、息を吸った瞬間に意識を失う。
ガス中毒の恐ろしさをひしひしと感じたお話でした。
そして、最後に「ラプラスの魔女」へと繋がるワンシーンにより、幕切れとなります。
苦しみに救いを与えるのは物理学の知識ではなく人の心。
そんな結末を一貫して描いているのがこの「魔力の胎動」の魅力です。
難しいことは抜きに、シンプルに感動できる良い小説だったと思います。
ここまで「魔力の胎動」の感想でした。