井上真偽さんの小説「アリアドネの声」の感想です。
地下都市に一人取り残されたのは目が見えず、耳も聞こえない女性。
彼女を救うため、主人公たちはドローンで彼女を導くミッションに挑みます。
相次ぐトラブルや浮上する疑惑に動揺しつつも、必至で一人を助けようとする姿を描く感動作です。
- 作者:井上真偽(いのうえ・まぎ)
- 対象:中学生~
- エログロ描写なし
- 2023年6月に幻冬舎より刊行
「アリアドネの声」について
「アリアドネの声」は井上真偽さんさんのミステリー小説です。
ジャンルとしては、おそらく『ミステリー』ですが、犯人が事件を起こし探偵が解決する、といったタイプのミステリーではありません。
極限状況下でのサバイバルと、途中で浮かび上がるある『疑惑』。
まさにハラハラドキドキ、手に汗握る展開と衝撃の結末に大満足の一冊でした!
まずは、そんな「アリアドネの声」のあらすじを掲載します。
巨大地震発生。地下に取り残された女性は、目が見えず、耳も聞こえない。
光も音も届かない絶対的迷宮。
生還不能まで6時間。
想像の限界を超えるどんでん返し。救えるはずの事故で兄を亡くした青年・ハルオは、贖罪の気持ちから救助災害ドローンを製作するベンチャー企業に就職する。業務の一環で訪れた、障がい者支援都市「WANOKUNI」で、巨大地震に遭遇。ほとんどの人間が避難する中、一人の女性が地下の危険地帯に取り残されてしまう。それは「見えない、聞こえない、話せない」という三つの障がいを抱え、街のアイドル(象徴)して活動する中川博美だった――。
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崩落と浸水で救助隊の侵入は不可能。およそ6時間後には安全地帯への経路も断たれてしまう。ハルオは一台のドローンを使って、目も耳も利かない中川をシェルターへ誘導するという前代未聞のミッションに挑む。
主人公は高木春生(ハルオ)、25才。
ドローンビジネスを展開するベンチャー企業に勤務し、普段はドローンスクールの講師などを行っています。
ハルオが災害救助にも役立つドローンに興味を持ったのは、幼い頃に亡くした兄の影響がありました。
そんなある日、ハルオは仕事として実験都市『WANOKUNI』のオープニングセレモニーへ。
『WANOKUNI』は街としての機能のほとんどを地下に配置した地下都市で、その物流の要としてドローンが活用されていました。
しかしオープニングセレモニーの直後、大地震が発生。
『WANOKUNI』の地下は大きく損壊してしまいます。
人が救助に向かえない地下の危険地帯に一人の女性が取り残されていることが判明。
その女性とは、目が見えない、耳が聞こえない、発声での会話もできない障害を持ちながら、『WANOKUNI』の象徴(アイドル)として活動する中川博美でした。
ハルオはドローンを活用し、博美を安全なシェルターまで誘導することになったのです。
・・・というのが、第一章(Ⅰ)までのあらすじです。
ここから、無謀とも不可能とも思われる救出ミッションが始まります。
タイトルの『アリアドネ』とは?
「アリアドネの声」のタイトルに登場する『アリアドネ』はギリシャ神話に登場する娘です。
クレーター王ミーノウスの娘であるアリアドネのエピソードとして有名なのが『アリアドネの糸』。
ミノタウロス(牛頭人身の化け物)の生け贄として連れてこられた青年・テーセウスに恋をしたアリアドネ。
彼女はテーセウスを救い出すため、ミノタウロスのいる迷宮に送り込まれる前に糸巻きを渡します。
ちなみに、ミノタウロスはアリアドネの腹違いの兄弟。それを知ると、けっこうえげつないですね。
入り口に巻き付けておき、糸を辿って帰ってこれるようにするためですね。
テーセウスは迷宮内でミノタウロスを殺し、その後、糸巻きによって無事に帰還。
二人は晴れて結婚し、幸せに暮らしました・・・。
というのが『アリアドネの糸』を簡単にまとめたエピソードです。
迷宮から脱出するサポートとなった『アリアドネの糸』という言葉は難問解決の方法、という意味で使用されています。
この小説「アリアドネの声」でも、困難な状況から三重苦の博美を救い出すために、アリアドネの糸ならぬドローンから垂らした紐で彼女を導いていく様子が描かれます。
【ネタバレなし】「アリアドネの声」感想・あらすじ
「アリアドネの声」の感想・あらすじです。
ネタバレなしでご紹介します。
また、あまりストーリーにも触れないようにします。
図解付きで分かりやすい
「アリアドネの声」は、話の区切りごとに救助対象者・博美の現在地が表示されるのが特徴。
救助が始まった段階で各階のフロアガイドが掲載され、そのあとも定期的に場所を教えてもらえるのでとても分かりやすいです。
さらに、タイムリミットや距離までも表示されているので、文字だけの小説でも臨場感がたっぷりでした。
また、ストーリーそのものとは関係ありませんが、災害救助ドローンや、地下都市構想など近未来SF風の世界観も興味深かったです。
先端技術に詳しくないだけで、実はもうこんな話は進んでいるのでしょうか?
ただ、災害救助ドローンは期待大ですが、地下都市はちょっと怖いな、と思いました。
ある『疑惑』を巡る人間ドラマも注目
「アリアドネの声」は三重苦の博美を助けるために、ハルオを始めさまざまな人が力を合わせる人間ドラマも魅力のⅠつ。
博美を導くドローンの操縦を任されたハルオと、そんなハルオをサポートする会社の先輩・我聞や春村といった面々の意外な優しさには胸が熱くなります。
しかし、そんな一致団結し博美を救おうと頑張るハルオたちに、博美が実は障がい者ではないのでは?という噂が吹き込まれます。
それまでの博美の様子から「そんなことはない」と一笑に付すハルオたち。
けれども、博美が三重苦の障がい者としてあり得ない行動を取り始めたことで、少しずつ疑惑が広がっていきます。
いずれにしても博美を助けることが先決。
それでも、もし必至で助けようとしている博美が自身の障がいを詐称する詐欺師だったら・・・。
その疑惑を抱えたまま、必至で救助を続けるハルオたちの心の動きも読み応えがありました。
そもそも博美の疑惑に動揺しつつも、ピンチ続きでそれどころではありませんでした。
災害救助の過酷さをヒシヒシと感じた小説でもありました。
二度読み必至!思わず読み返したどんでん返し
「アリアドネの声」の最大の魅力は、大どんでん返しとも言える結末です。
思わず「おおっ!」と声が出てしまったほど、あの結末には驚きました。
伏線と疑惑が全て一気に解消する、読者の予想を上回る結末には脱帽です・・・。
そして、素直に感動しました。
正直、こんなに美しい結末を予想していなかったので、読後はしばらく余韻に浸ってしまいました。
余韻に浸った後、途中から読み返したのは言うまでもありません。
まさかの展開、素晴らしい結末だったと思います。
完璧な結末でしたが、エピローグも何もなくスパッと終わってしまって、少し寂しくも感じました。
ちょっと最後に後日譚などがないのは、ある意味、今らしいのかもしれません。
臨場感満載の災害救助を描いた、新感覚の小説です。
ここまで「アリアドネの声」の感想でした。