桐野夏生さんの小説「燕は戻ってこない」の感想です。
『代理母・代理出産』がテーマの本作。
代理母となる女性と、代理母を依頼する夫・妻という三者の視点から描かれます。
思いもよらぬ展開と圧巻のラストは必読です!
- 作者:桐野夏生
- 対象:中学生~
- 性的な描写あり
- グロテスクな描写ややあり
- 2022年3月に集英社より刊行
- 第57回 吉川英治文学賞受賞作
- 第64回 毎日芸術賞受賞作
「燕は戻ってこない」について
「燕は戻ってこない」は桐野夏生さんの小説です。
小説のテーマは『代理母』。
話題になっていたので読む前から『代理母』の話と知っていましたが、実際に読んでみるとやはり衝撃でした。
まずは、そんな「燕は戻ってこない」のあらすじを掲載します。
この身体こそ、文明の最後の利器。
29歳、女性、独身、地方出身、非正規労働者。
子宮・自由・尊厳を赤の他人に差し出し、東京で「代理母」となった彼女に、失うものなどあるはずがなかった――。北海道での介護職を辞し、憧れの東京で病院事務の仕事に就くも、非正規雇用ゆえに困窮を極める29歳女性・リキ。「いい副収入になる」と同僚のテルに卵子提供を勧められ、ためらいながらもアメリカの生殖医療専門クリニック「プランテ」の日本支部に赴くと、国内では認められていない〈代理母出産〉を持ち掛けられ……。
『OUT』から25年、女性たちの困窮と憤怒を捉えつづける作家による、予言的ディストピア。
燕は戻ってこない―Amazon.co.jp
「燕は戻ってこない」は『代理母』となるリキ(大石理紀)と、リキに代理母を依頼する夫婦・草桶基(くさおけもとい)と悠子という3人の視点から描かれていきます。
経済的に困窮しているリキ。
自分の遺伝子を継ぐ子どもがほしい基。
自分では子どもを授かることができない悠子。
この三者のそれぞれの思いが赤裸々に紡がれていきます。
日本での『代理出産』の現状とは?
「燕は戻ってこない」は2022年3月に刊行された小説です。
そのため、代理母・代理出産を取り巻く日本の現状は変わっていません(2023年8月現在)。
ただ、SNSなどでは定期的にトレンドに上がる、関心の高いトピックであることは確かです。
そんな代理母・代理出産は現在の日本では認められていません。
しかし、規制する法律もないため厳格に禁止されているわけでもなく、代理出産の当事者が罪を問われることはありません。
何というか、宙ぶらりんな状態です。
実際、Googleにて『代理母』と検索すると、トップに登場するのは卵子提供・代理出産のエージェンシーの公式サイトだったりします。
「燕は戻ってこない」でリキと草桶夫婦を引き合わせたような団体は本当にあるのですね・・・。
小説内でも詳しく説明されますが、もっと詳細に知りたいという方はこちらのサイトをご覧ください。
また、厚生労働省が発表している代代理出産に関する見解も↓に貼っておきます。
「燕は戻ってこない」感想・あらすじ
「燕は戻ってこない」の感想・あらすじです。
悲壮感がない代理母の姿
貧困が理由で代理母になることを決断した女性を描く。
その情報のみが頭にあったので「燕は戻ってこない」を読む前は、もっと悲壮感があり、過酷な話だと思っていました。
実際、とても過酷な話です。
経済的に追い詰められたが末の決断が代理母だったので、過酷でないわけがありません。
けれども、代理母になるリキの背景には、そこまで悲壮感がないのが不思議です。
ただ、おそらくそれは、リキが人間くさい、ごく普通の人間だからなのだろうと思いました。
非正規で貧乏で卑屈になっているリキですが、プライドが高く自分の要望に忠実なのも彼女の姿。
いざ代理母になろうと決心してからも、何度も何度もやめようと考え、悩み抜く姿は共感を覚えます。
多分「もうこれしか、生きる方法がないから」と全てを諦めた感じで代理母になり、悲しみに耐え続けるようなタイプであったら、この「燕は戻ってこない」はこんなに面白くならなかったと思います。
桐野夏生さんが描く女性像は、同じ女性だからか、大抵、清濁併せ持ったキャラクターです。
リキの弱さと、図太さ。
生きていくことを一切諦めない強さは魅力的です。
代理母になることしか生きる道がない、ではなく、代理母になることで新たな人生を切り開く、のような描き方は斬新でした。
誰もが身勝手、だから憎めない
「燕は戻ってこない」に登場するキャラクターたちは、基本的に、みんな身勝手です。
あまりにも自分勝手なので、嫌悪感を通り越し笑えてくるほどです。
しかし、だからこそ、登場人物たち全員を嫌いになれないのが魅力かもしれません。
嫌な人間も多いですが、その嫌な点はそのまま人間くさい点でもあります。
「酷いな・・・」と思いつつ、どこか共感できるので、読んでいて微妙な気持ちになりました。
3人の語り手(視点)のうち、唯一の男性である基の思考は、滑稽であるとともに、ヒヤヒヤする危なっかしさもありました。
リキや悠子の意見を聞き入れる素直さを持ちつつ、しかし根本的には何も理解していないであろう楽観的なところは、この先大丈夫なのだろうか、と思わせる危うさを感じます。
自分の遺伝子を持つ子どもが欲しい、という理由で代理出産を自分本位で進めていく基。
けれども、結局男性は、妊娠と出産に関してどこまでも部外者でしかない、という事実を突きつけているようでした。
おそらく子どもをかわいがる父親になるのだろうと思いますが、子育てと子どもの成長への期待しかない思考はやはり恐ろしいです。
そんな基から半ば強引に代理出産を決定された悠子は、女性であることと、不妊治療の経験からリキに寄り添う姿勢を見せますが、やはり他人事でしかないのが悲しかったです。
そんな悠子の友人で、春画画家であるりりこの圧倒的なインパクトと面白さが魅力でした。
登場するキャラクターたち全てと相反する存在といったりりこ。
その存在は小説のアクセントでもあり救いでもありました。
圧巻のラストに救われた
ネタバレは書きません。
ただ、この「燕は戻ってこない」のラストは最高でした。
読んでいる間中ずっとどのように完結するのか気になっていました。
代理母がテーマの話だから、産んだら終わりなのか。
その読みたいような、読みたくないような感情を全て押し流してくれる、爽快すぎる結末だったと思います。
400ページ以上の大作ですが、一気に読めてしまう面白さがありました。
純粋に続きが気になりすぎて、仕事も家事もサボりたい・・・、と後ろ髪を引かれる思いでした。
最後まで読んで本当に良かった!と思える小説です。
ここまで「燕は戻ってこない」の感想でした。