小林泰三さんのミステリー小説「ティンカー・ベル殺し」の感想です。
アリス・クララ・ドロシイに続く<メルヘン殺し>シリーズ4作目にして完結。
ピーター・パンらに連れられネヴァーランドに来たビルがやはり殺人事件に巻き込まれます。
一方、井森は同窓会のため帰郷、そこでも次々と人が亡くなっていきます。
倒叙型ミステリーなのに騙される、ミステリーを堪能できる小説です。
- 作者:小林泰三
- 対象:中学生~
- 性的な描写なし
- 【注意】グロテスクな描写ふんだんにあり
- 2020年に東京創元社より刊行
- 2022年10月に文庫化
- <メルヘン殺し>シリーズ4作目
- 残念ながらこの作品でシリーズ終了
「ティンカー・ベル殺し」について
「ティンカー・ベル殺し」は小林泰三さんのミステリー小説です。
1作目「アリス殺し」、2作目「クララ殺し」、3作目「ドロシイ殺し」に続く4作目となったこの「ティンカー・ベル殺し」。
舞台は、ピーター・パンとティンカー・ベル、そして迷子たちが暮らすネヴァーランドです。
正直『こんなピーター・パンはいやだ・・・』というようなスプラッターが続く今作。
まずは、そんな「ティンカー・ベル殺し」のあらすじを掲載します。
妖精なんて、虫と同じだろ?
大人と子供が殺し合う国、ネヴァーランド。
妖精惨殺事件を捜査するのは、
殺人鬼ピーターパン!
『アリス殺し』シリーズ第4弾夢の中では間抜けな“蜥蜴のビル”になってしまう大学院生・井森建。彼は郷里に帰省して小学校時代の同窓会に参加する予定だったが、駅前の食堂で気絶してしまう。そして失神中に見た夢の中で、活発な少年ピーター・パンと心優しい少女ウェンディ、妖精ティンカー・ベルらに遭遇し、ネヴァーランドと呼ばれる島へ行くことになる。だが、ピーターは持ち前の残酷さで、敵である海賊のみならず、己の仲間である幼い“迷子たち”ですらカジュアル感覚で殺害する、根っからの殺人鬼であった。そんなピーターの魔手は、彼を慕うティンカー・ベルにまで迫り……『アリス殺し』シリーズ第4弾。
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「ティンカー・ベル殺し」の主人公は1作目「アリス殺し」から皆勤賞の蜥蜴のビル。
そして、ビルのアーヴァタールである大学院生・井森建です。
※アーヴァタールについては後ほど説明します。
ビルは不思議の国の住人でしたが、迷いに迷って今回はネヴァーランドへ到着してしまいました。
3作目「ドロシイ殺し」と同じように絶体絶命の状況からのスタートです。
同じ頃、井森は小学校時代の同窓会へ出席すべく帰郷していました。
山奥の旅館で始まった同窓会でかつての友人たちと再会する井森、そしてネヴァーランドではピーター・パンやティンカー・ベル、ウエンディたちと交流するビル。
せっかく大学を離れた井森ですが、またしても現実と夢の世界の死のリンクに気付いてしまいます。
「ティンカー・ベル殺し」の世界観について
「ティンカー・ベル殺し」は、現実と夢、2つの世界の特定のキャラクター同士がリンクしている、という設定のミステリーです。
このリンクしているキャラクター同士は、井森が命名した『アーヴァタール』という関係性で呼ばれます。
※『ビルは井森のアーヴァタールである』という風に使われます。
アーヴァタール同士のつながりは各組によってさまざま。
ビルと井森は意識・記憶を共有していますが、間抜けな蜥蜴のビルとは対照的に、井森は頭脳明晰な青年です。
井森は強く念じればビルの思考をある程度操れますが、つながってはいても別個の存在なので完全に言うことを聞かせることはできません。
そのため、ビルのうかつな言動でこれまで何度も死にかけています。
しかし、シリーズを重ねるごとにビルも少しずつ頭を使って考えられるようになっていたのが面白いです。
また、重要なのが、アーヴァタールの関係性では夢の世界の住人の方が優位であること。
分かりやすく言えば、夢の世界でビルが亡くなれば、井森も強制的に亡くなります。
この死のリンクはほぼ不可避です。
一方で、現実世界の井森が亡くなっても、ビルが生きていれば『死んだのは夢だった』と改変され生き返ります。
アーヴァタールの優位性はこの「ティンカー・ベル殺し」でも大きなポイントとなっていました。
モチーフは『ピーター・パン』
この「ティンカー・ベル殺し」の元となった作品は『ピーター・パン』です。
ディズニーアニメにもなっている有名作なので、内容はご存じの方も多いでしょう。
『ピーター・パン』はイギリスの児童文学作家ジェームズ・マシュー・バリーの作品。
主人公であるピーター・パンが誕生したのは1902年の『小さな白い鳥』という小説でした。
そこからピーター・パンを抜き出したのが、1904年上演の『ピーター・パン:大人にならない少年』という名の戯曲。
そして小説となったのは1906年の『ケンジントン公園のピーター・パン』でした。
また、1911年に『ピーターとウエンディ』という小説も発表されています。
わたしたちがよく知る『ピーター・パン』のお話は、『ピーターとウエンディ』を元にしたおとぎ話です。
しかし、この『ピーターとウエンディ』は「ティンカー・ベル殺し」のような殺伐とした世界観であることが「ティンカー・ベル殺し」の巻末で説明されています。
「ティンカー・ベル殺し」がオリジナルの『ピーターとウエンディ』に近い、というのは結構な衝撃です。
ただ、確かにおとぎ話の『ピーター・パン』にもどこか不気味なところもありますが・・・。
「ティンカー・ベル殺し」によってオリジナル『ピーターとウエンディ』にも興味が出てしまったので、機会があったら読んでみたいです。
<メルヘン殺し>シリーズについて
「ティンカー・ベル殺し」で4作目となる<メルヘン殺し>シリーズ。
とても残念なことに、この「ティンカー・ベル殺し」でシリーズは終了しました。
その理由は作者である小林泰三さんが急逝されたため。
小林さんは2020年12月にがんでこの世を去っています。
「ティンカー・ベル殺し」の最後では、完全に続きがある終わり方をしているのが悔やまれます。
実際、編集者の方が書いた文庫のあとがきでは、次回作やシリーズ全体の結末まで構想があったとのことなので尚のこと悲しいです。
小林泰三さんのご冥福をお祈りいたします。
「ティンカー・ベル殺し」感想・あらすじ
「ティンカー・ベル殺し」の感想・あらすじです。
小説序盤のネタバレはありますが、核心には触れていません。
ただ、まっさらな状態でストーリーを楽しみたい!という方はご注意ください。
犯人は序盤で判明!?
「ティンカー・ベル殺し」は犯人が分かっている状態でストーリーが展開される倒叙型ミステリーでした。
また、登場人物のうちほとんどがある人物を犯人と疑っている状況で話が進むのもポイントです。
ただし、よくある倒叙型ミステリーのように犯人目線では描かれません。
あくまでも視点はビル=井森でストーリーは進んでいきます。
この<メルヘン殺し>シリーズにおいて倒叙型ミステリーは初めて。
ただ、犯人が分かっているのにすっかり騙されました。
些細な違和感と言葉遊びに翻弄され、またしても作者にしてやられた!という清々しい気分を味わえます。
現実世界も非協力的
「ティンカー・ベル殺し」の現実世界の舞台は大学ではなく温泉宿。
4作目にして、初めて大学を飛び出します。
井森は同窓会のため帰郷し、小学校時代の同級生たちと再会。
しかし、そんな同窓会に集まった元同級生たちにもネヴァーランドにアーヴァタールがいました。
ただ、元同級生たちは、井森の捜査にあまり協力的ではありません。
過去3作での現実世界の人たちは、比較的、捜査に協力的だったのだな、と思わされます。
夢の世界の殺人が、現実にも関係している。
たとえ心当たりがあったとしても、積極的に協力できないのが普通かもしれません。
また「ティンカー・ベル殺し」は登場人物がこれまでよりも多いこと、ネヴァーランド・現実世界での関係性がそもそも穏やかではないことで、ストーリーのややこしさが増しています。
それでも、話自体はすんなりと読んでいけました。
現実でもサバイバル状態
過去3作では井森の大学周辺が舞台だったので、犯人に積極的に襲われない限り、井森は安全圏にいられました。
しかし、この「ティンカー・ベル殺し」では井森が滞在する温泉宿は山奥にあり、大雪で通行止め、電話すらつながらない状態に陥ります。
そんな中でネヴァーランドの殺人鬼ピーター・パンがどんどん犠牲者を出し続けるという最悪の状況。
温泉宿から逃げようものなら熊に襲われる陸の孤島状態。
ビルはいつでも絶体絶命ですが、今回は井森も絶体絶命という二重の困難に見舞われていました。
ただ井森に関しては、ビルが生きていれば、最悪亡くなっても生き返るのでまだ安心?かもしれません。
雪山でのサバイバルというミステリー好きには萌える舞台も必見です。
探偵・井森が活躍!
「ティンカー・ベル殺し」では、井森が主体的に探偵役として活躍する展開も注目ポイントです。
これまでの井森は探偵の助手ポジションで捜査をサポートしたり、強制的に探偵をさせられたりして自ら積極的に捜査に乗り出すことはありませんでした。
しかし、今回は探偵役が不在。
そのため井森が探偵役となり事件の捜査に主体的に取り組みます。
さらに、この「ティンカー・ベル殺し」での井森はなぜかとてもカッコいいです。
倒れた元同級生の救命措置をするなど、これまでにはない活躍の場が与えられています。
本来はクールで頭の切れる人物だったのを思い出しました。
また、井森の活躍に伴い?アーヴァタールである蜥蜴のビルも段々知恵が付いてきていて面白かったです。
何度も書いてしまいますが、シリーズがここで終わってしまうのが残念で仕方がありません。
これから!というところだったので、本当に悔やまれます。
ビルと井森はこのまま永遠に2つの世界で意識を共有しながらさまよい続けることになります。
寂しいような、悲しいような、とにかく無念です。
ここまで「ティンカー・ベル殺し」の感想でした。