湊かなえさんの小説「落日」の感想です。
新進気鋭の映画監督から新作映画の脚本を依頼された新人脚本家の主人公。
主人公の地元で起きた一家殺害事件をテーマに撮りたいという監督。
事件について調べるうちに、主人公と監督、そして事件のあるつながりが見えてきます。
人と人とのつながりを描いた衝撃のミステリー小説です。
- 作者:湊かなえ
- 対象:中学生~
- 性的な描写ややあり
- グロテスクな描写ややあり
- 2019年9月に角川春樹事務所より刊行
- 2022年8月に文庫化
「落日」について
「落日」は湊かなえさんのミステリー小説です。
15年前に起きたある一家殺害事件を巡る人間ドラマが描かれています。
点と点がつながり一つの真実が浮かび上がっていく。
そんなミステリーの醍醐味を味わえる小説でした。
まずは、そんな「落日」のあらすじを掲載します。
わたしがまだ時折、自殺願望に取り付かれていた頃、サラちゃんは殺された──
落日―Amazon.co.jp
新人脚本家の甲斐千尋は、新進気鋭の映画監督長谷部香から、新作の相談を受けた。
十五年前、引きこもりの男性が高校生の妹を自宅で刺殺後、放火して両親も死に至らしめた『笹塚町一家殺害事件』。
笹塚町は千尋の生まれ故郷でもあった。香はこの事件を何故撮りたいのか。
千尋はどう向き合うのか。そこには隠された驚愕の「真実」があった……令和最高の衝撃&感動の長篇ミステリー。
主人公は新人脚本家の甲斐千尋。脚本家としては甲斐真尋として活動しています。
ただ、活動しているといっても代表作もなく、ほとんどベテラン脚本家・大畠凛子のサポートをする日々。
30才になり将来について焦り始めた矢先、海外の映画祭で脚光を浴びた映画監督・長谷部香から脚本の依頼を受けます。
千尋の地元・笹塚町で起きた一家殺害事件に関する映画が撮りたい。
引きこもりの兄が高校生の妹、さらに両親を死に至らしめた凄惨な事件をベースにした映画を撮るため、香は同じ土地で育った千尋に脚本を依頼したのでした。
依頼を受け、悩みながらも千尋は『笹塚町一家殺害事件』について調べることに。
すると、徐々に事件の真相だけでなく、千尋の過去にまつわる衝撃の事実を知ることにもなります。
小説は『香の過去』と『千尋の現在』が交互に進んでいきます。
少しずつ2つのエピソードがリンクしていく様子はゾクゾクしました。
WOWOWでドラマ化
「落日」は2023年9月にWOWOWでドラマ化されます。
主演は北川景子さんと、吉岡里帆さん。
さらに、竹内涼真さんと黒木瞳さんという豪華キャストです。
小説が想像以上に良かったので、ドラマも気になります。
【ネタバレなし】「落日」感想・あらすじ
「落日」のネタバレなし感想・あらすじです。
イヤな気持ちにならないミステリー
「落日」は、15年前に起きた一家殺害事件の真相を探っていく、ミステリーです。
『イヤミスの女王』とも呼ばれる湊かなえさん。
ちなみに『イヤミス』とは読んだ後に嫌な気持ちになるミステリーのこと。
湊かなえさんの代表作「告白」などはまさにイヤミスです。
湊かなえさんの他の作品「少女」や「夜行観覧車」なども読んだことがありますが、出来事は解決しているのに何とも言えないモヤモヤが心に残るのが特徴ですね。
嫌いではないですが、続けて読むと消耗しすぎるので、たまに読むので良いジャンルと言えます。
ただ、たまに無性に読みたくなる魅力があるのも事実です。
話がそれましたが、この「落日」はいわゆるイヤミスではありません。
むしろ、読んだ後にとても清々しい気分になれるミステリーでした。
物語の内容や事件の経緯などはなかなかキツいですが、結末はとても晴れやか。
そのため、イヤミスが苦手で敬遠している、という方にもオススメです。
「性悪」の描き方はやはり俊逸
「落日」は良い人が多い小説でした。
良い人とは、悩み、苦しみながら生きている、普通の人です。
ただ、登場人物のうち、ある1人はものすごく性悪に描かれているのが目立ちます。
だから目立っているのかもしれません。
その性悪な人物の描写は、地味にメンタルに効いてきます。
このイヤ~な人物描写はやはり俊逸でした。
犯罪ではないけれど、実害が多く、それでも罪にも問われず、追及もされない。
現実にも普通に存在しそうで、ある意味ホラーだと思いました。
点と点が複雑な線としてつながるとき
「落日」は、一見無関係だと思われた事実がつながっていく、ある意味、正統派なミステリーです。
といっても「まさかこことここがつながるとは!」というどんでん返しのような展開は少なめ。
中盤から丁寧につながりが薄らと示唆されているので「やっぱり・・・」という納得感の方が強いです。
それでも、物語の全貌が分かり、点と点がつながっていく様子は快感を覚えるほどでした。
千尋と香。
一時期、同じ土地に暮らしていたというだけの2人の意外なつながり。
コミュニティが狭い田舎ならではの縁とも言えます。
ただ、わたし自身、田舎に暮らしているので、実は間接的につながっていたという意外な縁が多発するこの状況は馴染みがありました。
「落日」のラストは、とても良い意味でどんでん返しと言える結末でした。
ずっと香を縛り付けていた鎖が解き放たれた瞬間。
過去に囚われていた、囚われざるを得なかった香が未来に目を向けることができた瞬間でした。
気が重くなる内容ではありますが、読んだ後に前向きな気持ちになれる小説でもあります。
ここまでネタバレなし「落日」の感想でした。
↓では「落日」のネタバレあり感想を書いていきます。
ここからは「落日」のネタバレあり感想です。
未読の方はご注意ください。
【ネタバレあり】「落日」の感想
「落日」のネタバレあり感想です。
「落日」の感想➀
本人は虐待ではないといっているものの、端から見ると教育虐待そのものである香の過去。
母親にベランダへ出されたとき、防火扉の向こうで密かに交流していた相手は殺された沙良ではなく、死刑囚となった兄の力輝斗(りきと)でした。
そんな立石力輝斗の描写は、主観が一切なく、他人からの客観しかないのが特徴です。
客観描写も過去の思い出ばかり。
立石力輝斗本人の思いがダイレクトに伝わるシーンが全くありませんでした。
ただ、それは妹の沙良も同じ。
死後に虚言癖があったとされ、週刊誌に騒ぎ立てられた悲劇の少女。
元同級生たちの思い出話では悪い印象を持っている人も、そこまで悪くなくむしろ普通だったという人もいます。
そんな他人の主観からしか語られない存在である、というのがセンセーショナルな事件の被害者である沙良の宿命なのかと思うと、少し切なくなりました。
実際、実在の事件でも本人たちの肉声が語られることはなく、ただ周囲の人の意見や書き手の主観のみで当事者が語られるのみ。
客観的事実から物語を描く。
第三者にできることはただそれだけ。
しかし「知りたい」という欲求は、その物語を作り上げていく過程でしか満たされないのだろうとも思いました。
「落日」の感想②
最初の方から薄々感じていましたが、千尋の姉である真穂は亡くなっていました。
返信される様子のないメール。
砕けた口調で書かれている文面のメールですが、どこか相手とのつながりの希薄さが感じられていました。
おそらく、姉・真穂はもう亡くなっているのだろうと予想していても、やはり亡くなっていると事実を突きつけられると衝撃ではありました。
そして、その姉の死が立石力輝斗に関係しているというのも予想外すぎて驚きました。
ただ、そもそも千尋たちと立石力輝斗たちの生活圏内は被っていて、千尋が力輝斗を知っているという描写もあったので、知り合いであってもおかしくはありません。
そもそもの始まりが千尋の姉・真穂だったというつながりが悲しくもあり、千尋における宿命とも思えました。
「落日」の感想③
「落日」は事件の真相に迫るミステリーであるとともに、天才の近くで育った凡人がもがく様が描かれた小説でもありました。
ピアノの天才だった姉。
優秀な頭脳を持って生まれた従兄弟。
そんな中で平凡に生まれ育った千尋。
努力は続けるものの、何となく脚本家として芽が出ない千尋は、香からの依頼を受け一念発起しチャンスをつかみ取ろうとします。
そのもがきが平凡な身の上としてはとても好ましかったです。
また、個人的に一番良かったのは、千尋のボスであるベテラン脚本家・大畠凛子の優しさです。
ひたすら良い人でした・・・。
厳しくもあり、しかし誰よりも千尋の成功を願っている。
何となく千尋の成功を妬み足を引っ張る存在になると思ったわたしが浅はかでした・・・。
凡人のもがきと天才の孤独。
ステレオタイプかもしれませんが、そこにミステリーが上手く合わさり傑作となっていました。
ここまで「落日」の感想でした。