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「ヴァンサンカンまでに」乃南アサ 不倫と二股、バブル期の日本を舞台に繰り広げられる歪んだ恋愛の行方とは?

亀 カメ 2匹のカメ ヴァンサンカンまでにイメージ 小説
🌼Christel🌼によるPixabayからの画像

乃南アサさんの恋愛小説「ヴァンサンカンまでに」の感想です。

新入社員の女性による同期の男性との交際、そして20才以上も年の離れた上司との不倫の様子が淡々と描かれます。

舞台はバブル期の日本。

景気が良く浮かれ気分な雰囲気ですが、どこか閉塞的な社会の様子が新鮮でした。

「ヴァンサンカンまでに」基本情報
  • 作者:乃南アサ
  • 対象:中学生~
    • 性的な描写ややあり
    • グロテスクな描写なし
  • 1991年11月にKKベストセラーズより刊行
    • 1998年4月に幻冬舎にて第一次文庫化
    • 2004年4月に新潮社にて第二次文庫化
    • 2008年3月に文藝春秋社より第三次文庫化

「ヴァンサンカンまでに」について

「ヴァンサンカンまでに」は乃南アサさんの恋愛小説です。

上司との不倫と、同期との交際、堂々と二股をかける主人公・翠の一年間が描かれています。

まずは、そんな「ヴァンサンカンまでに」のあらすじを掲載します。

アパレルメーカーに勤める仲江翠は入社一年目。そつなく仕事をこなしていたが、彼女には秘密があった。仕入れ部の課長と不倫恋愛していたのだ。さらに同期の男性とも恋人として付き合い、ゲームのような恋愛を続けた。ところが、同僚女性が上司と無理心中する事件が発生。二人の一途さを理解できない翠だったが、やがて彼女にもつらい出来事が舞い込む。本当の愛に気付くまでの物語。

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親子ほど年の離れている上司・荻島と、同期で期待の新人と言われている原田。

そんな2人と交際関係にある翠。

「ヴァンサンカンまでに」はそんな3人の恋愛模様を、翠と荻島という2人の視点から描かれた小説です。

また、たまに翠の高校時代の友人である尚子の視点から見た翠の姿も描かれます。

三角関係の渦中にある2人と、そんなことは露も知らずに翠を見つめる尚子の温度差も注目と言えます。

小説は、翠と同期入社の女性が、不倫相手の上司と無理心中未遂を起こすところから、大きく物語が動き始めます。

タイトルの『ヴァンサンカン』とは?

「ヴァンサンカンまでに」のタイトルに含まれる『ヴァンサンカン(vingt-cinq ans)』とは、フランス語で『25才』・『25年』という意味です。

つまり「ヴァンサンカンまでに」とは『25才までに』。

もっと言うなら『25才になるまでに』と言えます。

翠は、何を『25才になるまでに』手に入れたいのか。

彼女が望んでいるものは一体何なのか。

この彼女の望みには、共感と軽蔑という相反する感情が湧き、言葉で言い表せない、何とも言い表せないモヤモヤが残ります。

しかし、彼女の気持ちが分かる、というのもやはり事実でした。

「ヴァンサンカンまでに」感想・あらすじ

「ヴァンサンカンまでに」の感想・あらすじです。

『バブル期の日本』は未知の世界

不倫と二股というショッキングな恋愛模様が同時進行で描かれる、この「ヴァンサンカンまでに」。

しかも、それを行っているのがまだ23才の女性というのもなかなかショッキングといえます。

といっても、主人公の翠は魔性の女、といった感じではなく、むしろ等身大の普通の女性に思えてしまうのだから面白いところでしょう。

そんな大胆ながら、淡々と恋愛が綴られる「ヴァンサンカンまでに」は1991年に初版が刊行された小説です。

今は2024年なので33年も前。

わたしは生まれていませんし、両親も結婚すらしていない時期です。

正直、自分が生まれる前の出来事は全て時代劇に感じるのですが、この「ヴァンサンカンまでに」でもその風味を感じます。

むしろ、バブル前の景気が良く華やかな時代が描かれたこの小説は、わたしにとっては無縁の世界。

別世界のわたしが知らない日本が描かれているので、ある意味、SFっぽさすらありました。

現代にも通ずる恋愛観

現代とは隔世の感があるバブル期の日本が描かれている「ヴァンサンカンまでに」。

しかし、女性からみた男性観などは、現代の恋愛小説を読んでいると錯覚するほど変わっていない、と感じました。

主人公・翠の男性観が当時としては達観していたのか、それとも当時からその考えが普通だったのかは、その当時を生きていない分かりません。

30年以上前から言われ続けているのに、あまり変わっていない。

そう考えると空恐ろしい気もします。

翠が生きる世界の狭さ

「ヴァンサンカンまでに」の主人公・翠は何事も斜に構え、不倫も交際もゲームとして割り切り楽しんでいるような女性です。

けれども、ゲームだと内心で言い張っている割には、他人の恋愛に動揺したり、嫉妬から感情の高ぶりが抑えられなかったりと、幼い部分もあります。

その表面的にはシニカルなものの、まだ未熟で幼さが残る内面のギャップが、23~24才の女性らしい不安定さだと思いました。

また、小説を読み終わってから、翠が生きる世界の狭さに気付きました。

翠には一人暮らしの自宅と職場、不倫相手・荻島と過ごすホテル以外の世界がほとんどありません。

たまに友人である尚子と会うくらいです。

恋人である原田は週末に翠の部屋を訪れ、たまに出かける程度。

何もない平日は一人で食事をし、ペットの亀と戯れたり、ジグソーパズルをしたり。

生活が充実しているなら良いのですが、翠はずっと物足りなさを感じているようでした。

その物足りなさから起こすある行動も、狂気や悪意よりも幼稚さが目立つのが逆に切なかったです。

彼女は飢えていますが、何に飢えているのか、何を欲しているのか、自分でも分からず、ずっと物足りなさからイライラしている。

そんな翠の心理描写が共感したくないけど、共感できました。

家庭を顧みない無責任さ

「ヴァンサンカンまでに」のもう一人の主人公でもある翠の不倫相手・荻島。

仕事はできるエリート会社員、というのが荻島の社内評価ですが、その実態は家庭を顧みず、20才以上年下の新入社員との不倫に溺れる中年男性です。

家庭をほったらかしにしていた結果、気付いたときには家庭がぐちゃぐちゃに崩壊していました。

正直(悪い意味で)関心したのが、家庭の崩壊を目の当たりにしても荻島は具体的に何もしないこと。

世間体が悪いし昇進に響くからと妻に適切な治療を受けさせず、子どもたちも放置。

時代が時代だったのもあり、今と違うのは理解できますが、さすがに無責任が過ぎると思いました。

ところどころカッコいい風なことも言いますが、清々しくクズです。

荻島には最終的に天罰のような結末が訪れます。

天罰の後は描かれませんが、何となく、荻島にとっては家庭を立て直す良い機会なのではないか?とも思ってしまうのが皮肉です。

荻島とその家族のその後については何も描かれませんが、良い変化があるだろう、という希望的観測を持ちたいと思えました。


不倫や二股が描かれた小説、と聞くとドロドロの愛憎模様をイメージしますが「ヴァンサンカンまでに」はとても淡白に物語が進みます。

恋愛のドロドロ好きな方には物足りないかもしれませんが、それ以外の方には読みやすい小説ではないでしょうか。

ここまで「ヴァンサンカンまでに」の感想でした。

※この「ヴァンサンカンまでに」は、上記<新潮文庫>版と<文春文庫>版、さらに<幻冬舎文庫>版があります。

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