恩田陸さんの小説「黒と茶の幻想」の感想&あらすじです。
大学の同窓である4人の男女が旅先でそれぞれの過去と向き合うストーリーです。
美しくも苦い過去、そして散りばめられた『美しい謎』の真相とは?
雄大な自然の風景を隅々まで感じられる、美しいミステリー小説です。
- 作者:恩田陸
- 対象:中学生~
- 性的な描写ややあり
- グロテスクな描写はなし
- 2001年12月に講談社より刊行
- 2006年4月に文庫化(上・下)
- 『理瀬』シリーズ4作目
「黒と茶の幻想」について
「黒と茶の幻想」は恩田陸さんの小説です。
大まかな内容は『大学の同窓生である男女4人が旅先で思い出を語り合う』というもの。
しかし、恩田陸さんの小説ですので、まったく一筋縄ではいきません。
そんな「黒と茶の幻想」のあらすじを掲載します。
太古の森をいだく島へ――学生時代の同窓生だった男女四人は、俗世と隔絶された目的地を目指す。過去を取り戻す旅は、ある夜を境に消息を絶った共通の知人、梶原憂理(ゆうり)を浮かび上がらせる。あまりにも美しかった女の影は、十数年を経た今でも各人の胸に深く刻み込まれていた。「美しい謎」に満ちた切ない物語。
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ジャンルとしてはミステリーが一番初めに来るのではないでしょうか?
ミステリーの中でも『日常の謎』系のミステリーです。
また、登場人物4人で旅をする、というロードムービー(映画ではないですが)でもあります。
ただし旅の途中で事件が起きるわけでもなく、過去に起きた『美しい謎』を1人ずつ打ち明け解決していく、という流れでした。
派手さはないものの、ゾクゾクとする静謐な恐ろしさが漂う、そんな美しいミステリーです。
ちなみに、この「黒と茶の幻想」は単行本では624ページある大長編でもあります。
ボリュームたっぷりなので、時間があるときにゆっくり読み進めるのをオススメします。
4人の語りにより進む物語
「黒と茶の幻想」は登場人物である
- 利枝子
- 彰彦
- 蒔生
- 節子
順番による語り(一人称)によって物語が進んでいく小説です。
人物が変わっても流れる時間は被らず、バトンタッチのように次々と語りが交代します。
語りが変わることによる面白さは、やはり同じ事象でも見えている景色や感じ方がまったく違うということ。
この「黒と茶の幻想」でもその点は大きく、想像以上に衝撃的な齟齬が生じている場合もありました。
『理瀬』シリーズ・4作目
この「黒と茶の幻想」は恩田陸さんが手がける『理瀬』シリーズの4作目となります。
シリーズものではありますが、密接に関わっているわけではないので、それぞれ単体でも楽しめる作品シリーズです。
また時系列的には4作目に当たりますが、間の3作目は短編なので、長編としては3作目となります。
↑とは一部で共通の登場人物がいるものの「麦の海に沈む果実」のストーリーの核心には触れないので、読んでいなくても問題はありません。
タイトル「黒と茶の幻想」の英語表記について
「黒と茶の幻想」は英語表記では『BLACK AND TAN FANTASY』となります。
『BLACK』は黒、『FANTASY』は幻想ですね。
しかし、このうち『TAN』だけ見慣れない英単語です。
なぜ、茶色という意味のBROWNではなく『TAN』なのか。
気になったので意味を調べてみました。
すると『TAN』には
- 黄褐色
- (日焼けの)小麦色
- (なめし用の)タン皮
という意味がありました。
つまり、一般的な茶色よりも薄く、黄色がかった色合いの『茶色』という意味のようです。
たしかに、チョコレートのような濃厚な茶色よりも、小麦色のような爽やかな茶色の方が「黒と茶の幻想」の世界観にあっている気がします。
「黒と茶の幻想」の舞台について
「黒と茶の幻想」は『Y島』でハイキングをしにいく男女4人の物語。
旅の目的の1つに『J杉』を見に行く、というものがあります。
つまり、この『Y島』は屋久島、『J杉』は縄文杉です。
イニシャルで匿名性がありますが、実在する場所が舞台となっています。
作中で4人も目の当たりにする『W株』ことウィルソン株は↓のような感じです。
切り株の前に人がいることで、その大きさが伝わりますね・・・。
ちなみに、このウィルソン株を内側から見るとこんな光景が見られます。
キレイなハート型なんですね。
ハートから差し込む光、そしてその向こうから覗く緑が幻想的ですね。
また、個人的な感想として、屋久島は素人だけでも登山できるのだな、と感じました。
何となく厳重な装備をした、プロの登山家しか登れないようなイメージがあったので、1人経験者がいるものの残る3人は素人、というメンバーでも楽に登れるのが以外でした。
ホテルがあったり、そもそも屋久島に人が住んでいることすら知りませんでした・・・。
屋久島や縄文杉などは、わたしからすると、まさに『非日常』です。
それは小説の登場人物たちも同様です。
だからこそ日常では話せない本音や隠していたことが打ち明けられるのだろうと思いました。
「黒と茶の幻想」感想
「黒と茶の幻想」の感想です。
ややネタバレを含む感想があるので、まっさらな状態で読みたいという方は飛ばしてください。
大学の同窓生の男女4人
「黒と茶の幻想」は大学の同窓生である男女4人が連れ立ってY島(屋久島)へ旅に出る、というストーリーです。
その大学の同窓生のうち3人(利枝子・蒔生・節子)は同じ高校出身、そのうち蒔生と節子は幼稚園から一緒の幼馴染みという関係性。
また、同じ高校出身の利枝子・蒔生は元・恋人同士という何とも複雑な間柄です。
しかし、4人は現在38才。
大学を卒業してから15年以上が経ち、全員家庭を持っている状態なので、適度な距離感で旅は進みます。
そんな社会人になり、それぞれ家庭を持ちながらも旅に行ける関係性、というのは素直に羨ましいです。
また、小説の中でも言われていましたが、同世代だからこそいっしょにいられる安心感があるのも分かる気がします。
4人は小説が書かれた2000年頃に38才なので、生まれは昭和40年代前半ごろと思われます。
現在(2022年)では60才くらいですね。
その同じ時代に同じようなものを食べ、同じようなテレビを見て、マンガを読み、過ごしてきた4人には、生まれた環境が違っても通じ合うものがあるのだろうと感じました。
『憂理』の存在感
「黒と茶の幻想」は利枝子・彰彦・蒔生・節子の4人の物語です。
しかし、この物語のある意味、主役といえるのは梶原憂理です。
彼女は「麦の海に沈む果実」にも登場する人物。
「麦の海に沈む果実」を読んでいる人にとっては嬉しい再登場ですね!
この「黒と茶の幻想」では4人の思い出の中にあるものの、(途中まで)生死が不明であるキャラクターとして登場します。
憂理との関係性は4人それぞれでまったく異なり、見え方・印象も全然違います。
4人と憂理との間に何があったのか、またどんな真相が隠されているのか。
その物語の核とも言える部分が徐々に明かされていく様は楽しかったです。
『美しい謎』を解き明かす
「黒と茶の幻想」はただ旅をするだけでなく、旅先でそれぞれが持ち寄った『美しい謎』を解き明かしていくというミステリーの部分も強い作品です。
その謎は美しいものの身近なものばかり。
しかし、その身近にほど恐ろしい真相が隠されているという場合も。
彰彦の抱えてきた謎の真相はなかなかに後味が悪いものでした・・・。
また、謎のすべてがスッキリ明かされるわけではないのも美しいと感じました。
読者にも謎解きの余地が残されている、そういったミステリーは嫌いじゃないです。
大きな謎1つと小さないくつかの謎が溶け合い、マーブル状になっている様もやはり『美しい謎』というのに相応しいと感じました。
何といってもY島の雄大な自然を恩田陸さんの文章で楽しめるのが魅力である「黒と茶の幻想」。
4人が抱えてきた過去と静かに向きあう道程で明かされる真実とは?
ここまで恩田陸さんの小説「黒と茶の幻想」の感想・あらすじでした。
Kindle版「黒と茶の幻想」上下合本版もあります。