ロバート・A・ハインライン「夏への扉」の感想です。
SF小説の名作として名高いこの「夏への扉」ですが、SFだけでなく青春や恋愛ものとしても楽しめる傑作でした。
予想が付かない時間旅行の結末とは?SF初心者にもオススメの古典SFです。
- 作者:ロバート・アンソン・ハインライン
- 訳者:福島正実
- 対象:中学生以上
- エログロ描写なし
- 1957年にアメリカで初版発行
- 日本では翌1958年に刊行
- 原題は「The Door into Summer」
「夏への扉」基本情報
「夏への扉」はロバート・A・ハインライン(Robert Anson Heinlein)の長編SF小説です。
アメリカでは1957年、日本ではその翌年の1958年に刊行されました。
※雑誌に掲載されたのは1956年です。
わたしは読み終わってから60年以上前の小説だと知りギョッとしました。
古典SFとも言われるように、SFとしては黎明期に生まれた作品です。
しかし、古くささはほとんどなく、非常に読みやすく面白い作品でした。
そんな「夏への扉」のあらすじを掲載します。
ぼくの飼い猫のピートは、冬になるときまって「夏への扉」を探しはじめる。家にあるドアのどれかひとつが、夏に通じていると固く信じているのだ。そして1970年12月、ぼくもまた「夏への扉」を探していた。親友と恋人に裏切られ、技術者の命である発明までだましとられてしまったからだ。さらに、冷凍睡眠で30年後の2000年へと送りこまれたぼくは、失ったものを取り戻すことができるのか──新版でおくる、永遠の名作。解説/高橋良平
夏への扉[新版]―Amazon.co.jp
まず1950年代に1970年、2000年の話を書いているのが面白いポイントです。
いずれにしても未来の話なので、ところどころ現実とはかけ離れたものがあったりするのもSFの醍醐味ではないでしょうか。
映画でいうと「バック・トゥ・ザ・フューチャー2」のような、確かに新しいけど少し違う未来でした。
※出所は不明ですが「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のアイデアの元になった作品とも言われています。
2021年に日本で実写映画化
この「夏への扉」は今、実写映画化公開されたことにより大きな注目を浴びています。
しかも、その実写映画の製作は日本。
舞台を1995年・2025年の日本に置き換えて「夏への扉」の世界観を楽しめるとのことです。
ちなみに、タイトルは「夏への扉 -キミのいる未来へ-」で2021年6月25日より公開しています。
予告編の動画は↓
主演が山崎賢人さん、ヒロインが清原果耶さんとフレッシュで豪華なキャストです。
名作なのに初の映像化の謎
「夏への扉」が映像化されるのは、今回が初めて。
オリジナルが出版されたアメリカではまだ映像化されていないのです。
60年以上前の傑作SFなのになぜ?と思い調べたところ、Wikipediaにこんな記述を見つけました。
ロマンティックなタイム・トラベル物『夏への扉』は特に日本において人気の高い作品であり、SFファンのオールタイム・ベスト投票では、度々ベスト1作品になっている。 しかしアメリカにおいては『月は無慈悲な夜の女王』と『異星の客』がクローズアップされることが多く、『夏への扉』は日本での限定的な人気にとどまっている。
ロバート・A・ハインライン―Wikipedia
「夏への扉」の人気は日本限定というのがこれまで映像化されなかった理由のようですね・・・。
SF好きのハリウッドが実写化していないのは、ただ単にアメリカでは人気がないから。
「夏への扉」が好きな日本で実写化するのは必然だったのでしょう。
「夏への扉」あらすじ&感想
「夏への扉」のあらすじと感想を書いていきます。
途中、作品のネタバレがありますのでご注意ください。
SF×青春
「夏への扉」というタイトルだけ見ると、さわやかな青春小説のような雰囲気ですよね。
実際、この「夏への扉」は青春要素が強めのSF小説でした。
ただ主人公がすべてを奪われた状態から始まる「夏への扉」は『さわやかな』ではなく『ハードな』青春ものでした。
発明家としてのアイデア、仕事、役職、そして婚約者まで。
物語は主人公ダニエル・ブーン・デイヴィス(ダン)が人生のすべてを奪われた1970年から始まります。
自棄を起こし酒浸りになったダンは、思いつきで冷凍睡眠(コールドスリープ)で30年後の未来まで眠り続けることを決めてしまいます。
契約を終え、すべてを奪った共同経営者と元婚約者の家に乗り込むもののあっさり返り討ちに遭うダン。
打たれたゾンビ―・ドラッグの影響で無抵抗の状態にされてしまいます。
そして、すでに冷凍睡眠行う意志がなかったにも関わらず、無理やり眠らされてしまうのです。
冷凍睡眠(コールドスリープ)について
「夏への扉」に登場するSF要素として冷凍睡眠(コールドスリープ)があります。
これは、体温を下げることで老化を抑えつつ長期間睡眠させるという技術です。
「夏への扉」では体温を摂氏4度まで下げた状態での冷凍睡眠が行われていました。
「エイリアン」などSF映画などではよく見かける技術なので、わたし自身はすんなり受け入れられました。
ただ、ビックリしたのが、この「夏への扉」のSF要素は冷凍睡眠だけではなかったことです。
猫好きにはたまらない!?「猫小説」としての一面も
「夏への扉」のもう1人の主人公と言っても過言ではないのがダンの飼い猫・ピートです。
作者であるハインラインも実際に猫を飼っていたため、猫の描写はとてもリアル。
猫の飼い主さんなら共感できること間違いなしの、猫愛にもあふれた小説でした。
わたしも猫を3匹買っているもので、ピートの描写がたまらなく愛おしかったです。
また、ダンとの強く結ばれた絆はうらやましさすら感じました。
「夏への扉」ではこのピートの活躍も注目です!
<ネタバレあり>2種類の時間旅行を体験
冷凍睡眠により強制的に眠らされてしまったダンが目覚めたのは30年後の2000年。
30年も経っているので、世界は大きく変わっていました。
さらに、当初冷凍睡眠をする動悸の1つだった「裏切った婚約者への復讐」も思いがけず果たします。
30年分年を取った女性の前に30年前と変わらず若々しい姿で現れるというのは、復讐としては最強です。
2000年を過ごすうち、ダンは未来でいくつか不可解なことが起きているのに気付きます。
そして、唯一の希望と思い財産と託した共同経営者の義理の娘・リッキィが自分と同じように冷凍睡眠していることを知り絶望。
そんな中、ダンは仕事の同僚からタイムマシンの存在を耳にします。
ここでまさかのタイムマシン。
タイムマシンが出てきたら、もう使わない手は無いでしょう。
という予想通り、ダンはなんとかタイムマシンの起動に成功し、再び30年前の1970年に戻ります。
そして、1970年で奪われたものをすべて取り返し、再び冷凍睡眠で30年後まで眠りにつくことに。
この2種類の時間旅行を用いるという、なんとも贅沢なSF要素は非常に面白かったです。
ただ身体への負担が大きそうだなと思いました・・・。
また、およそ30年、2人のダンが別々に冷凍睡眠しているという、なかなかカオスな状態。
この展開は考えつかなかったです。
これにより、小説中に散りばめられていた伏線もしっかり回収されていてスッキリしました。
<ネタバレあり>ヒロインの存在感
この「夏への扉」は全体的に楽しく読めた作品でした。
ただ1つ不満点を挙げるとしたら、ヒロインの存在感が薄すぎやしないか?という点を除いてです。
「夏への扉」のヒロインであるリッキィがまともに登場するのは物語の終盤。
それまでも話には登場していましたが、生身のリッキィが読者の前に登場するのは300pを超えた後でした。
ダンにとってリッキィは財産を譲り渡し、最終的に結婚することになる大切な相手です。
しかし、ダンとリッキィの関係性がぼんやりとした書かれていないので、リッキィはそんなに大切な相手だったのか?と首をかしげてしまいました。
まあ、1970年時点でのリッキィは11歳なので、その時点で30歳のダンと仲睦まじくしていたらそれはそれで問題ですが。
そんな、いきなり将来を共にすることになる展開の速さには少々ついて行けませんでした。
ただ、それでも「30年後に君を迎えに行く」というロマンチックな展開は嫌いじゃないです。
野暮ですがリッキィの存在が希薄だったのが不満ですが、総じて面白い作品でした。
タイトル「夏への扉」の意味
この小説のタイトル「夏への扉」は大きな意味では『希望』を表していると解釈します。
ダンの飼い猫・ピートが冬になると暖かい夏に行けることを信じて探す扉、それが「夏への扉」です。
寒い冬が嫌いな猫にとって「夏への扉」は希望そのもの。
そして、この小説はダンが幸せな未来へ行ける「夏への扉」を探し続ける話でした。
本格的なSFながら、ロマンチックなラブストーリーも展開される「夏への扉」は、SF初心者でも読みやすい不朽の名作でした。
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