桜木紫乃さんの小説「緋の河」の感想です。
男に生まれながら、女になりかけと馬鹿にされ、しかし自分として生きるために闘い続ける主人公を描く。
そんな気高く、孤高の主人公を描き出す小説です。
600ページ超えの大ボリュームの読む快感を味わいましょう。
- 作者:桜木紫乃
- 対象:中学生~
- 性的な描写あり
- グロテスクな描写ややあり
- 2019年6月に新潮社より刊行
- 2022年4月に文庫化
- 続編「孤蝶の城」も刊行中
「緋の河」について
「緋の河」は桜木紫乃さんの小説です。
昭和25年の北海道・釧路から始まる、1人の人間の壮絶な生き様を描いたストーリーとなります。
600ページ超えの大ボリュームで、読み応え抜群。
まずは、そんな「緋の河」のあらすじを掲載します。
「あたし、なんでこんなふうに生まれたんだろう」
緋の河(新潮文庫)―Amazon.co.jp
「神様が、仕上げを間違ったとしか言えないねえ」
昭和の釧路に生まれた秀男は、色白小柄で人形のように愛らしく、物心つく頃には姉の真似をして自分を「アチシ」と呼んだ。
厳格な父に殴られ、長兄には蔑まれ、周りの子どもに「女になりかけ」とからかわれても、男らしくなどできず、心の支えは優しい母マツと姉の章子、そして初恋相手の同級生男子・文次の存在だった。
男の体に違和感がある自分が、自分らしく生きるため、そして「女の偽物」ではなくいっそ「この世にないもの」になるため、秀男は高校を中退し家を飛び出していく。
札幌のゲイバーで出会った先輩マヤに教えを仰ぎ、東京、大阪、やがて芸能界へ。舞台で美しくショーダンスをするのに邪魔な睾丸をとり、さらには「フランスで陰茎をとる」とマスコミに表明し……。
逆境に負けず、前人未踏の道をいつだって前向きに突き進む秀男に心が奮い立つ、波瀾万丈な人生エンターテインメント!
男の体で生まれ、女の子よりも可愛く育ち、それでも女ではない。
恋をする相手は男で、心も女。
戦時中に生まれ、何とか育った主人公の秀男はずっと心に違和感を抱えながら生きていました。
今でこそ秀男のような人には性同一性障害やLGBTQなどさまざまな呼び方があります。
しかし、昭和のはじめにはそんなカテゴライズなどなく、差別や偏見もむき出しでした。
そんな過酷な世界を生きて行く、この「緋の河」にはそんな秀男の壮絶な半生が描かれています。
主人公・秀男のモデルとは?
「緋の河」の主人公・秀男は女優のカルーセル麻紀さんがモデルです。
カルーセル麻紀さんは日本のニューハーフタレントのパイオニアとも言える存在。
わたしは世代的に名前を存じ上げている程度なのですが、このたびWikipediaを読み、本当に秀男のような半生を過ごしてきたことを知りビックリしました。
作者である桜木紫乃さんが、カルーセル麻紀さんをモデルに「緋の河」を書こうと思ったのは2015年に行われたお二人の対談がきっかけとのこと。
ちなみに、桜木紫乃さんとカルーセル麻紀さんは同じ釧路出身どころか、同じ中学校出身という縁もあります。
「緋の河」を書くにあたり、桜木さんはカルーセル麻紀さんをモデルとした小説を書きたいと、本人へ直々に許可を取っています。
そのお願いの際、カルーセルさんはすぐに了承し、
「そのかわり、あたしをとことん汚く書いてね」
桜木紫乃『緋の河』|新潮社
と言い放ったとのこと。
それを聞いた桜木さんは
「麻紀さんのことをとことん汚く書くと、物語が美しくなりますよ」
桜木紫乃『緋の河』|新潮社
と返したと語っています。
このやり取りだけでもうカッコ良すぎて最高ですよね。
カルーセル麻紀と桜木紫乃さんのこの会話通り、小説「緋の河」はどこまでも美しく秀男の戦いが描かれています。
※参考 桜木紫乃『緋の河』|新潮社
「緋の河」感想・あらすじ
「緋の河」の感想・あらすじです。
どこまでも気高く、打たれ強い主人公
「緋の河」の主人公・秀男は小柄で色白、そこら辺の女の子よりも可愛い顔立ちで生まれ育った男の子でした。
しかし、優しくいつも側にいてくれた姉・章子の影響もあり、秀男は女の子のような話し言葉をするように。
また、趣味や嗜好も女の子らしく、可愛らしいもの美しいものを愛する子どもでした。
そんな秀男は異物として小学校でも中学校でもいじめられます。
体が小さく、一対一でも腕っ節では敵いません。
ましてや相手は複数なので、秀男はやられっぱなしです。
けれども、秀男は力では敵わなくても、気は誰よりも強く、けして挫けず折れない強い心を持っていました。
その決して屈しない強さは気高さすら感じるほど。
そして、頭も良く、口も達者な秀男は、その持ち前の強さを武器に夜の世界でどんどん成り上がっていきます。
物語は、秀男が小学校に入る前の幼い頃から始まるため、そのたくましい成長ぶりは面白くもなぜか微笑ましさを感じます。
あの小さかった子が・・・、と感傷に浸りつつ、しかしそのエネルギッシュさには読んでいるこっちが驚かされるほどでした。
「緋の河」は秀男の、秀男のための物語です。
圧倒的なパワーを持つ孤高の主人公の生き様は、読んでいて最高に楽しいものでした。
大きな理解者の存在
「緋の河」は異物である秀男を遠ざけ、蔑む人たちが多い世界です。
しかし、そんな秀男にとって生きづらい世界でも、秀男の理解者となる存在は常に現れ、秀男を支え続けます。
姉の章子や初恋の相手・文次、漁師の晶、中学で出会ったノブヨ、そしてゲイバーで出会った先輩たち。
特に姉の章子は物語の最初からずっと秀男の側にいて、ずっと秀男の見方で居続けます。
その優しさと強さは秀男にとっても、わたしたち読者にとっても大きな救いになりました。
だからこそ、章子の身に起こったことはフィクションながら非常に腹が立ちます。
男の体で生まれながら男の体に違和感を覚え生きてきた秀男の苦しみも、女の体で生まれ良い娘・良い嫁として生きていこうとした章子の苦しみも、形は違えどどちらも苦しみに満ちています。
また、苦しみながらも生き抜く秀男の周りで、やはり苦しみもがき続ける人たちの姿も描かれます。
いろいろな立場のいろいろな苦しみを描きつつ、しかしそのどんな苦しみも真っ向から描き出し、その全てを背負い秀男は生きていくのだと思わされました。
「緋の河」は、自分の性に違和感を持って生まれた主人公が、自分らしく生きるために闘い続けるさまを描いた小説です。
このように書くと、とても感動的でウエットな作品に思えますが、実際は非常にドライです。
桜木紫乃さんの小説はどの作品も淡々と、ドライに進んでいきますが、この「緋の河」もやはり湿っぽいところは少ないです。
そんな桜木さんの作風がやはり好きだと感じました。
ただし、ドライですが、この「緋の河」は熱い小説です。
秀男のうちに秘めた負けん気と闘志の熱はそこら辺の少年漫画にも負けません。
そんなハードボイルドな秀男の活躍は必見です。
ここまで「緋の河」の感想でした。
「緋の河」の続編である「孤蝶の城」はこちら