綿矢りささんの小説「嫌いなら呼ぶなよ」の感想です。
軽快でポップ、なのに攻撃力が高め。
そんな毒々しい人間の闇を4作も味わえる短編集です。
- 作者:綿矢りさ
- 対象:中学生~
- エログロ描写なし
- 2022年7月に河出書房新社より刊行
「嫌いなら呼ぶなよ」について
「嫌いなら呼ぶなよ」は綿矢りささんの短編小説集です。
表題作『嫌いなら呼ぶなよ』の他に3編、合計4編が収録されています。
タイトルのインパクトもさることながら、中身もなかなかにアグレッシブでした。
まずは、そんな「嫌いなら呼ぶなよ」のあらすじを掲載します。
「一応、暴力だろ。石でも言葉でも嫌悪でも」。妻の親友の家に招かれた僕。だが突然僕の行動をめぐってミニ裁判が始まり……心に潜む “明るすぎる闇“に迫る綿矢りさ新境地! 全4作収録
嫌いなら呼ぶなよ―Amazon.co.jp
あらすじの<心に潜む “明るすぎる闇“に迫る>はまさにその通り。
短編はそれぞれが独立していて、主人公を始め登場人物は異なります。
そんな短編の主人公はそれぞれ<闇>を抱えているのが共通点。
ただし、その抱える闇はなぜかみんな明るいのが面白いポイント。
語り手が明るく、文体もポップなので、とても楽しく読めます。
しかし、どれも実はとんでもなく重い話ため、そのアンバランスさが最高でした。
この絶妙なバランス感覚は、やはり綿矢りささんのなせる技ではないでしょうか。
闇=病み?
心の闇、というよく聞く言葉。
この「嫌いなら呼ぶなよ」の語り手たちの<心の闇>は<心の病み>というべきものでした。
闇と病み。
明確に何が違うのか、と問われると少し考えてしまいますが、語り手たちが暗い部分を感じさせないのが理由かもしれません。
けっこうな危機的状況でも、なぜかみんな心が明るいのですよね。
しかし部外者から見ると、病んでいるのも事実。
ただ、正直読んでいて、たとえ病んでも、楽しくやめるならいいのでは?とも思ってしまいました。
舞台はコロナ禍の日本
「嫌いなら呼ぶなよ」に収録されている短編は、いずれもコロナ禍を経験している日本が舞台となっています。
ここ2年ほどはコロナ禍を題材に取り入れた小説も多く刊行されていますが、やはりフィクションに入れ込むにしても魅力的な状況なのだろうと思います。
マスク生活、外出自粛など生活スタイルが大きく変化したコロナ禍。
「嫌いなら呼ぶなよ」は、生活スタイルの強制的な変化により起こった人々の移り変わりを描く小説でもあります。
数十年後に読んだら、また全く違った印象の作品になるのでしょうね。
「嫌いなら呼ぶなよ」各話の感想・あらすじ
「嫌いなら呼ぶなよ」の各短編ごとの感想・あらすじです。
ネタバレなしでご紹介しています。
眼帯のミニーマウス
会社員の『りなっち』が語り手。
作中では『山崎さん』とも呼ばれています。フルネームは不明です。
この『りなっち』は以前ご紹介した綿矢りささんの小説「オーラの発表会」の登場人物でもあります。
ただ正直、彼女の存在はあまり覚えていません・・・。
『りなっち』の親友であるタッキーこと滝澤さんは覚えていましたが。
※「オーラの発表会」は、りなっち・タッキーの会話に登場する『海松子(みるこ)』という人物が主人公です。
「眼帯のミニーマウス」の話に戻ります。
『りなっち』はざっくり言えば整形依存の女性です。
大学生の頃から定期的に顔を整形し、社会人になってもメンテナンスを欠かしません。
幼い頃からロリータ系のファッションなど可愛いスタイルを好み、現在ではネイルなどの自撮りをInstagramにアップすることに執心していました。
彼女の内面で語られる彼女の生い立ちは、端から見れば壮絶そのもの。
傷つきやすく繊細な十代を過ごしていました。
けれどもその反面、常人には到底理解できないメンタルの強靱さも見せつけます。
彼女自身でも理解していますが、りなっちのメンヘラ気質はなかなかです。
ただし、彼女は自分の<闇>を自身だけで発散し、他人を積極的に傷つけることはありません。
その強さが彼女を嫌いになれない部分なのだろうと思いました。
神田タ
YouTuberのファンである女性・石ノ鉢紗永恵(いしのばちさなえ)、通称『ぽやんちゃん』が語り手。
ちょっとふくよかでマッシュルームカットのヘア、白縁めがねに白い肌。
ゆっくりしたしゃべり方から癒やし系バイトとして認知されている『ぽやんちゃん』ですが、彼女の内面は想像を絶するレベルのアグレッシブさ。
そもそも、自身のキャラを処世術ちして割り切って作り上げている時点で、彼女はただ者ではありません。
そんな『ぽやんちゃん』が、バイト先でたまたま見かけたYouTuber・神田のファンとなり、エスカレートして、もはやアンチと化した姿が描かれます。
好きな対象に、よかれと思って、殺傷能力抜群のダメ出しを繰り返す様はグロテスク。
しかし、どこか面白くもありました。
わたしには、そんな対象ができたことがないので、ただただ圧倒されます。
『ぽやんちゃん』は架空のキャラクターですが、こういった人は現実にいるのだろうと思わせるリアルさでした。
嫌いなら呼ぶなよ
表題作でもあるインパクトがありすぎるタイトル。
清々しいくらいに、この短編の内容を表す言葉です。
学生時代からの女友達3人組とその夫・子供たちが集まったホームパーティー。
幸せを絵に描いたような状況で繰り広げられる地獄絵図を描いた小説です。
語り手は、付き添い夫の1人である霜月。
魔女裁判のような状況において被告人にされた人物です。
絶体絶命、とても不利な状況に陥る霜月ですが、この霜月、ムダに打たれ強いのが特徴です。
罵詈雑言を浴びせられ多少傷ついても、起き上がりこぼしのごとくフラリと起き上がる打たれ強さ。
そもそも、罵詈雑言がそこまで効いていないのがスゴいです。
罵声に耐えられる打たれ強さは、霜月の圧倒的な自己愛に勝らないから。
どこまでも自分中心、自分大好きを貫く霜月は、(言葉は悪いですが)最低最悪のクズ野郎ですが、どこか憎めない面白さもあります。
それでも、あの結末はスカッとしました。
老は害でも若は輩
不毛な争いを続ける老害2人と、仕事柄その間に立つことになってしまった若者を描くお話です。
老害、とはいっても争う2人は3・40代。
ちなみに、そのうち1人は『綿矢』という名前の女性作家です。
自分を堂々と老害にしているあたり、綿矢りささんが老害になる未来は遠いことでしょう・・・。
そして、その若者は輩(やから)。
仕事柄、強く言えないものの、本当にムダな争いを続ける老害2人に対し鬱憤がたまり続け、ついに・・・、というお話です。
コメディ、というかコントのようなテンポの良さで、結末は思わず声を出して笑ってしまいました。
明るく笑えるのに、とっても毒々しい短編集でした。
個人的には最高です。
好き嫌いはあるでしょうが、パンチがあるけどライトな毒を浴びたい方にオススメします。
ここまで「嫌いなら呼ぶなよ」の感想でした。