山本文緒さんの小説「恋愛中毒」の感想です。
離婚を経て慎ましく暮らしていた女性が、かつてファンだった男性から言い寄られ不倫に溺れていく。
愛人たちや男性の妻との奇妙ながら平穏な関係が関係を続ける中、日常を根底から揺るがす事態により、彼女は狂気に駆られることに。
ただの『不倫に溺れる女性』を描いた小説ではない、恋愛の毒性を描いた恋愛小説です。
- 作者:山本文緒
- 対象:中学生~
- 性的な描写あり
- グロテスクな描写なし
- 1998年11月に角川書店より刊行
- 2002年6月に文庫化
- 第20回吉川英治文学新人賞・受賞作
「恋愛中毒」について
「恋愛中毒」は山本文緒の恋愛小説です。
タイトルからして爽やかでピュアな恋愛小説ではないだろう、と予想していましたこの「恋愛中毒」。
実際読んでみると、予想を遙かに超える毒々しい恋愛小説でした。
好き嫌いは分かれるだろう内容ですが、わたしは大好きです。
恐ろしく飲みやすい毒でした。
まずは、そんな「恋愛中毒」のあらすじを掲載します。
もう神様にお願いするのはやめよう。――どうか、どうか、私。これから先の人生、他人を愛しすぎないように。他人を愛するぐらいなら、自分自身を愛するように。哀しい祈りを貫きとおそうとする水無月。彼女の堅く閉ざされた心に、小説家創路は強引に踏み込んできた。人を愛することがなければこれほど苦しむ事もなかったのに。世界の一部にすぎないはずの恋が私のすべてをしばりつけるのはどうしてなんだろう。吉川英治文学新人賞を受賞した恋愛小説の最高傑作。
恋愛中毒―Amazon.co.jp
編集プロダクションで働き始めたばかりの青年(井口)の視点から始まる、この「恋愛中毒」。
別れを告げた元恋人がストーカーに豹変し、青年は仕事も住処も変える必要がありました。
ようやく2カ月ほど働いた日、青年は25歳の誕生日を迎えます。
誕生日に元恋人が何かしてこないはずがない。
青年はいつもは真っ先に受ける電話にも出ず、怯えながら仕事をしていましたが、そのことを事務の水無月に気付かれてしまいます。
水無月に事情を話し、何とかその日の業務を終えたると、社長と水無月に飲み会へ誘われます。
青年の誕生祝いという名目の飲み会で、ひょんなことから青年は水無月の離婚歴を知ることに。
ストーカー化彼女について「あの女の子の気持ちも少し分かる気がする」と明かす水無月。
そこから物語は水無月の過去の主観によって展開していきます。
ここまでがintroduction、つまり導入部分です。
introductionが終わり、次のページをめくった瞬間、水無月の恋愛が、あまりにも中毒性の高い恋愛が始まってしまいます。
「恋愛中毒」感想・あらすじ
「恋愛中毒」の感想・あらすじです。
なぜ、ここまで爽やかに描けるのか
「恋愛中毒」は、冷静に考えればおぞましいほどに気持ち悪い設定です。
1人の男性と、彼の愛人たち、そして本妻。
愛人たちは互いの存在を認知どころか一緒に過ごし、本妻とも交流を持っています。
しかし、愛人たちは彼を独り占めしようとはせず、あくまでシェアをするというスタンス。
表向きは仲が良く、ライバルのような形でありつつも、仲間意識が強い。
微妙なバランスの上で成り立っている彼と愛人たちの様子が、小説の前半では描かれていきます。
読みはじめて「いや、あり得ないでしょう」と思ったものの、読んでいくと段々と自然な形に思えてくるのが不思議です。
世間的に見れば、彼も愛人たちも本妻も全員がどうかしています。
それなのに、拒否感も嫌悪感もあまり感じなかったのは、全員にどこか共感を覚える要素がわずかでもあったからなのでしょう。
主人公の「主観」の恐ろしさ
「恋愛中毒」は、文字通り、主人公が『恋愛中毒』である女性です。
ただ、主人公・水無月は男性をとっかえひっかえ、のような常に男性がいないとダメ、というタイプではありません。
だからこそ、とんでもなく面倒になっていくのがこの「恋愛中毒」の凄まじさなのだろうと思います。
この小説は冒頭を除き、主人公の主観により物語が進んでいきます。
その文章は淡々としていて読みやすく、支離滅裂なところなどはありません。
しかし、途中から狂気しか感じられません。
そして少しずつ明かされる水無月の過去に慄きます。
静かにずっと狂ってる、まさに恋愛中毒。
最後まで読むと、水無月の恋愛中毒っぷりにクラクラできて最高でした。
恋愛『中毒』の毒性の高さ
『中毒』とは、毒に中るという意味。
体に許容量を超える毒を取り入れることにより、体が正常に動かなくなる状況です。
本来、恋愛は毒になり得ないので中毒症状を引き起こすことはありません。
しかし、水無月における恋愛は最初から最後まで毒でしかありませんでした。
そのうえ、その毒を自ら体内で生成し続け、自分はもちろん、周りの人間にすら毒を振りまいていく。
水無月の主観で語られる物語なので、水無月自身は当然ですが読者であるわたしたちも彼女が理性的であると思って読み進めます。
けれども、どこからか彼女の異常性に気付きはじめ、決定的な過去が明かされ始めると、それまでの行動が全て恐ろしくなっていくから不思議です。
彼と愛人たちと本妻、その三者により絶妙なバランスで成り立っていた関係性は、絶対的な存在の登場によりあっさり崩れさります。
「恋愛中毒」である水無月がその事態に直面し取った行動と、その果てにあったものの儚さに苦しくなりました。
共感と否定が同時に押し寄せる感覚を味わえる小説です。
ここまで「恋愛中毒」の感想でした。