山本文緒さんの小説「ばにらさま」の感想です。
爽快なのに、とても切ない。そんな6短編が収録されています。
思わず読み返す、声が出てしまう衝撃の仕掛けも必見です。
- 作者:山本文緒
- 対象:中学生~
- エログロ描写なし
- 2021年9月に文藝春秋より刊行
- 2023年10月に文庫化
「ばにらさま」について
「ばにらさま」は山本文緒さんの短編小説です。
表題作でもある『ばにらさま』を含め、6つの短編が収録されています。
ただの恋愛小説ではない、思わず読み返してしまう不思議な小説でした。
まずは、そんな「ばにらさま」のあらすじを掲載します。
冴えない僕の初めての恋人は、バニラアイスみたいに白くて冷たい
日常の風景が一転! 思わず二度読み!
痛くて、切なくて、引きずり込まれる……。
6つの物語が照らしだす光と闇島清恋愛文学賞、本屋大賞ノミネート『自転しながら公転する』の山本文緒最新作!
ばにらさま―Amazon.co.jp
伝説の直木賞受賞作『プラナリア』に匹敵する吸引力! これぞ短編の醍醐味!
※↑の引用は、一部わたしが修正しています。
「ばにらさま」に収録されている短編の説明を引用してみます。
ばにらさま/冴えない僕の初めての恋人は、バニラアイスみたいに白くて冷たい。
ばにらさま―Amazon.co.jp
わたしは大丈夫/夫と娘とともに爪に火をともすような倹約生活を送る私。
菓子苑/舞子は、気分の浮き沈みの激しい胡桃に翻弄されるも、彼女を放って置けない。
バヨリン心中/余命短い祖母が語る、ヴァイオリンとポーランド人の青年をめぐる若き日の恋。
20×20/主婦から作家となった私。仕事場のマンションの隣人たちとの日々。
子供おばさん/中学の同級生の葬儀に出席した夕子。遺族から形見として託されたのは……
『恋愛』小説と↑でご紹介した「ばにらさま」ですが、6編のうち恋愛がテーマなのは
- ばにらさま
- わたしは大丈夫
- バヨリン心中
の3編だけかもしれません。
- 菓子苑
- 20×20
- 子供おばさん
は人間ドラマやホームドラマといえる小説でした。
「ばにらさま」感想・あらすじ
「ばにらさま」の感想・あらすじです。
舞台は2010年前後の日本
山本文緒さんの小説は、先日、直木賞受賞作「プラナリア」をはじめて読みました。
「プラナリア」は2000年頃の恋愛を描いた小説です。
今回、ご紹介する「ばにらさま」は刊行されたのは2021年ですが、雑誌に掲載されたのは2008~2015年。
「ばにらさま」を読むと「プラナリア」から10年ほどで世の中が大きく変わったことを感じます。
一番の変化はSNS、承認欲求という言葉はここ十数年で突如現れた言葉でしょう。
ただ、2008~2015年に書かれた短編なので、登場するSNSはブログやTwitterなど。
その後に急速な発展を遂げたInstagramやTikTokは登場しません。
ブログやTwitterと、Instagram・TikTokの大きな違いは、自己表現が文字か画像・映像かだと思います。
もし、この「ばにらさま」が今の2020年以降にこの小説を執筆していたら、またひと味違った小説になっていたのでしょう。
『わたしは大丈夫』『菓子苑』は二度読み必至
「ばにらさま」に収録されている短編は、いずれも「ん!?」と唸るようなトリックが仕掛けられた小説でした。
特に、2編目の『わたしは大丈夫』と3編目の『菓子苑』は思わず読み返してしまう展開のお話です。
引用したあらすじにも書かれていましたが、たしかに二度読みしてしまいました。
狂気的とも言える節約を敢行する主婦と、妻子ある男性との不倫に溺れる女性。
その両者の視点から交互に描かれる『わたしは大丈夫』は、終盤である種明かしがされたとき、思わずゾッとしました。
湿り気がなく、淡々と描かれる主婦と不倫。
中ほどからところどころに違和感を覚えつつも読み進めていき、アッと気付いたときにはドツボにハマっていた感覚です。
まんまとやられました。
そして『菓子苑』ですが、このお話は最初からどこかがおかしかったです。
読み始めてから仕掛けが分かるまで、ずっとモヤモヤしながらページをめくり続けました。
種明かしの瞬間、そのモヤモヤが一気に晴れます。
すべて辻褄が合う、ミステリー小説を読んだかのような快感でした。
小説だからこそ。
小説でしか描けない2人の関係性でした。
喪失感によるつながり
「ばにらさま」には、全ての短編が喪失感によってつながっている、そんな風に思います。
各短編の語り手たちは、物語の中でみんな何かを失ったり、失ったものを憂えたりしています。
失うものは人により全然違いますが、感じるのはどれも喪失。
しかし、心にぽっかりと穴が開くような感覚もあれば、苦々しさだけが残る別れもあります。
光と闇を描く、とあらすじに書かれている「ばにらさま」ですが、その光と闇の境目は曖昧で、はっきりと分かれてはいません。
光と闇が入り混じった日常を覗いている感じでした。
けれども、どの短編でも最後には光が差し込むのが救いでもあります。
重めのテーマを描く短編もありますが、読後感はどれも爽やか。
それでもどこか切なさが胸に迫る短編集でした。
ここまで「ばにらさま」の感想でした。