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「幽霊」イーディス・ウォートン 『ゴースト』にまつわる7短編が収録されたホラー小説

幽霊イーディス・ウォートンイメージ 小説

イーディス・ウォートンの短編小説「幽霊」の感想です。

抑圧され閉塞感を感じる1900年代前半のヨーロッパ・アメリカを舞台に、不気味ながらも美しい「幽霊」ストーリーが7編収録されています。

幽霊も怖いけど、人間もやはり怖い。

お化け屋敷的なホラーではないので、怖い話が苦手な人でも読みやすいホラー小説でした。

「幽霊」基本情報
  • 作者:イーディス・ウォートン
  • 訳者:薗田美和子・山田晴子
  • 対象:中学生~
    • エログロ描写なし
  • 1937年に「ゴースト(ghosts)」としてアメリカで初版が刊行
  • 日本では2007年7月に刊行

「幽霊」あらすじ

「幽霊」はアメリカの女性作家イーディス・ウォートンの短編小説です。

この「幽霊」には、幽霊にまつわる7つの短編が収録されています。

そんな「幽霊」のあらすじを掲載します。

アメリカを代表する女性作家イーディス・ウォートンによる、すべての「幽霊を感じる人(ゴースト・フィーラー)」のための、珠玉のゴースト・ストーリーズ。静謐で優美な、そして恐怖を湛えた極上の世界。

幽霊―Amazon.co.jp

タイトルがシンプルに「幽霊」とあって、これはこれはホラーだなと手に取ったこの小説。

作者のイーディス・ウォートンの名前すら知らず、そもそもこの「幽霊」がどんな話かまったく分からない状態で読み始めました。

そんな中で一番最初に驚いたのは、書かれたのが1900年代前半だったこと。

勝手に現代劇だと思っていたので最初は慌てましたが、古典小説の中でも読みやすい話でした。

訳が2007年と新しいので比較的読みやすいかと思われます。

また、勝手に長編だと思っていたので、最初のお話がサラッと短編で終わってしまったのにもビックリしました。

と、意外尽くしの「幽霊」でしたが、小説そのものとしてはとても面白かったです。

怖いかな?と思って読み始めたものの、ちょっとホラーでミステリアスといったテイストでした。

ファンタジーの方が近いかもしれません。

ホラー好きのわたしとしては若干物足りなさはありましたが、1900年代前半のヨーロッパ・アメリカの貴族の描写はしっとりと美しく、雰囲気だけでも十分不気味でした。

ゾッとするホラーを読みたい方には物足りないでしょうが、ホラーテイストを軽く味わいたいという方にはオススメできる小説です。

「怖いホラーが読みたい」という方には澤村伊智さんの「ぼぎわんが、来る」がオススメです。

作者イーディス・ウォートンとは

「幽霊」の作者イーディス・ウォートン(Edith Wharton)はアメリカの女性作家です。

1862年にニューヨークで生まれ、1937年にフランスで亡くなりました。

下に詳しい経歴も掲載しておきます。

ニューヨークの富豪の家に生まれる。1905年、ニューヨークの上流社会を批判的に描いた『歓楽の家』がベストセラーとなる。21年『無垢の時代』でピュリッツァー賞受賞。本作はマーティン・スコセッシ監督で93年に『エイジ・オブ・イノセンス』として映画化された。他の作品に『イーサン・フロム』、『夏』等。

幽霊―Amazon.co.jp

『ピュリツァー賞』とは、アメリカで新聞・雑誌・文学・作曲などの功績に対して授与される賞のことです。

このピュリツァー賞を獲得した「無垢の時代」は映画化され、アカデミー賞に5部門でノミネートされています。

アメリカ生まれではありますが、幼い頃から家族に連れられヨーロッパ各地を転々としていたため、アメリカだけでなくヨーロッパが舞台の話が多いのも特徴とのこと。

この「幽霊」からは、抑圧的な貴族社会の息苦しさのようなものを感じました。

また、反面では貴族屋敷の描写の美しさに惹かれます。

ちなみにこの「幽霊」はイーディス・ウォートンの作品のうち、彼女の死後に出版されたものです。

イーディス・ウォートンが好きで書き続けた幽霊ものの短編を堪能できます。

「幽霊」各話あらすじ&感想

「幽霊」の短編それぞれのあらすじと感想をご紹介します。

カーフォル

初出は1916年。

『カーフォル』とはフランス・ブルターニュ地方にある城の名前です。

語り手の男性が、友人の勧めで売りに出されたカーフォル城を見に行き、そこで奇妙な犬たちに出会います。

しかし、カーフォルに犬は1匹もいないはず・・・。

屋敷になぜ犬の幽霊が登場するようになったのか。

その理由が屋敷に300年ほど前に住んでいた夫人の裁判記録から明かされます。

幽霊ものとしてはオーソドックスな設定のお話でした。

ただ、このお話で幽霊となって登場するのは人間ではなく犬。

言葉を交わせない犬の幽霊だからこそ、切なさも感じました。

巻末の作品紹介によると、この『カーフォル』の舞台であるブルターニュ地方はフランスの中でもケルト文化が根付いている異質な土地。

巨人や妖精の伝承が残り、有名な童話「青髯」の起源となった土地でもあるこのブルターニュ地方。

この古くから残る神秘的な文化と、血なまぐさい歴史が融合した地で起きた、というのがお話の肝なのだと思います。

祈りの公爵夫人

初出は1900年。

舞台はイタリア北部にある都市・ヴィチェンツァ。

そのヴィチェンツァにあるヴェラ(別荘)の彫像にまつわる怖い話です。

祈りを捧げた美しい女性らしからぬ「凍りつくような恐怖の表情」、さらに「憎しみ、反逆、苦悶の表情」が張りついた彫像。

そのうえ、彫像はもともと穏やかな微笑を浮かべていたとのこと。

なぜ彫像の表情が変わる、という超常的な出来事が起きたのか。

その伝説が、ヴェラの管理人である老人によって、幼い頃に祖母から聞いた話として語られます。

『祈りの公爵夫人』は前作『カーフォル』と同じように、妻と夫、それに妻と仲が良い若い男性という三角関係の構図になっています。

普段広い家の中に押し込められた夫人が、夫ではない他の男性との関係につかの間の喜びを見出す。

そんな閉塞感が感じられる話でした。

ジョーンズ氏

初出は1928年。原題は『パラサイト』とのこと。

アカデミー賞を受賞した韓国映画と同じタイトルですが、その意味は『寄生』。

もしタイトルがこの原題のままであったら、怖さは半減していただろうな、と思うホラーでした。

舞台はイングランドの南部。

ただ、ミステリー寄りのホラーだったと思います。

会ったことがない親戚から屋敷を相続した主人公の女性が、使用人でありながら屋敷に君臨する『ジョーンズ氏』なる人物の正体を探る、というお話です。

ジョーンズ氏の言いつけを狂信的に守る2人のメイドたち。

また『ジョーンズ氏』の正体を探るうちに、その屋敷にかつて暮らした不幸な夫人の存在が浮かび上がります。

ジョーンズ氏とは何者なのか。少しスリリングなお話でした。

小間使いを呼ぶベル

初出は1902年。

舞台はアメリカのハドソン川にほとりにあるお屋敷です。

ハドソン川は主にニューヨークを流れる川なので、アメリカ東部のお話ですね。

この『小間使いを呼ぶベル』以降のお話は、すべてアメリカが舞台となります。

病明けの小間使いの視点で、病身の夫人が暮らす屋敷の様子が描かれます。

小間使いとして屋敷を訪れた初日に、前任で1年前に亡くなった小間使いの幽霊を目にしてしまう女性。

全体的に暗い印象の話で、幽霊話としてはオーソドックスでもあります。

また『カーフォル』や『祈りの公爵夫人』のように、不幸な妻と夫、妻と親しい男性という三角関係の話でもありました。

幽霊になってまで献身的に夫人を守り続ける小間使い。

実のところ、一度目に読んだときには、最後のベルが鳴ったとき小間使いは夫人の何を守りたかったのかイマイチ分かりませんでした。

しかし二度目に読んだとき、夫人の部屋で何が起こっていたのか、また小間使いが夫から夫人を守りたかった理由が何となく推測できました。

ラストはやや後味が悪いですが、切なさも感じました。

柘榴の種

初出は1931年。

この『柘榴の種』は「幽霊」の中で最もホラー要素が強いお話だと思いました。

最愛の妻を亡くしたものの、再婚し新しい生活を始めた弁護士の男性。

お話はこの男性の再婚相手の視点で描かれます。

新婚旅行から帰った日から定期的に届くようになった夫宛の奇妙な手紙。

その手紙を読むたびに夫は異変を来しています。

筆跡から女性の影を疑い、夫を問い詰める妻。

手紙から引き離すため旅行に出かけることを約束させるのですが、その前日に夫は行方不明に・・・。

ホラーでこの展開だと、手紙の差出人は最初から想像が付きます。

それでも、妻の焦りとジワジワをたぐり寄せられる恐怖も相まってサスペンス的な怖さも感じました。

ホルバインにならって

初出は1928年。

幽霊は出てこないものの、ある意味、一番恐怖を感じたお話でした。

見えるはずがないものを見るのは、見える人だけでなく、見たいと願っている人なのか。

そんな感想が浮かびました。

かつて社交界の花形だった2人の人間の、2人だけの夜会の様子が描かれます。

万霊節

初出はこの小説「幽霊(ゴースト)」。いわゆる書き下ろしの短編です。

屋敷に使用人たちと暮らす女主人の恐怖体験が描かれます。

この恐怖体験は、幽霊に襲われる、といった感じではなく、突然屋敷に1人ぼっちになる、というもの。

その前触れのように見知らぬ女性と出会うというのが怖さを引き立てています。

日本の住宅だとイマイチピンとこない恐怖体験ですが、アメリカの大きなお屋敷に1人取り残されるのは相当怖いのではと想像はできます。

その上、メイドはこうなることを知っていた風な素振りも見せ、なぜ使用人たちが忽然と消えてしまったのかが明かされないままにお話は幕を閉じます。

このタイトルである『万霊節』とは、キリスト教・カトリックの記念日で、すべての逝去したカトリック信者の霊を祀る日とされています。

別名、死者の記念日。日付は11月2・3日です。

お話の中でも「霊が拘束から解放される日」と書かれていて、いかにも幽霊が出そうな日ですね・・・。

一体、屋敷に何が起こっているのか。

恐怖体験をした女性と一緒に想像を巡らせてしまった話でした。

序文が最後に掲載されているのはなぜ?

「幽霊」では、本来、冒頭に掲載されるはずの序文が巻末に掲載されています。

この掲載順は不思議だったのですが、いざ序文を読んでみると作者イーディス・ウォートンの幽霊話への思いが理解でき、各短編を新たな視点で考えることができました。

序文が最後に掲載されている理由は特に書かれていませんが、ある意味ネタばらしのようなものなので、この掲載順は最適に感じます。

静謐な世界観で紡がれる7つの「幽霊」にまつわる短編集。

その時代の空気や世俗を肌で感じられるといった点でも、興味深く面白い小説だったと思います。

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