桜木紫乃さんの小説「俺と師匠とブルーボーイとストリッパー」の感想です。
昭和50年の釧路にあるキャバレーを舞台に、下働きの青年とマジシャン・シャンソン歌手・ストリッパーという3人の交流を描いた人間ドラマです。
暗く苦しい過去や思い出を明るさと賑やかさでコーティングした、まさにキャバレーのような3人との時間を重ねるうちに主人子の心が変化していく、成長物語でもあります。
とにかく色々な世代の人にオススメしたい、最高のエンターテインメント小説です。
- 作者:桜木紫乃
- 対象:中学生~
- やや性的な描写あり
- グロテスクなはなし
- 2021年2月に角川書店より刊行
- 第13回 新井賞受賞
「俺と師匠とブルーボーイとストリッパー」あらすじ・感想
「俺と師匠とブルーボーイとストリッパー」は桜木紫乃さんの小説です。
昭和50年・1975年の北海道・釧路にあるキャバレーを舞台にした人間ドラマとなっています。

この「俺と師匠とブルーボーイとストリッパー」はとにかく面白くて、悲しいくらいに良い話でした。
そんな「俺と師匠とブルーボーイとストリッパー」のあらすじを掲載します。
【第13回 新井賞受賞決定!】
切ない事情を持ち寄って、不器用な四人が始めた同居生活。ギャンブルに溺れる父と働きづめの母から離れ、日々をなんとなく生きる二十歳の章介。北国のキャバレーで働きながら一人暮らしをする彼は、新しいショーの出演者と同居することになった。「世界的有名マジシャン」「シャンソン界の大御所」「今世紀最大級の踊り子」……店に現れたのは、売り文句とは程遠いどん底タレント三人。だが、彼らと言い合いをしながらも笑いに満ちた一か月が、章介の生き方を変えていく。『ホテルローヤル』『家族じまい』著者が放つ圧巻の人間ドラマ! このラストシーンは、きっとあなたの希望になる。
俺と師匠とブルーボーイとストリッパー―Amazon.co.jp
「俺と師匠とブルーボーイとストリッパー」の『俺』こと主人公の名倉章介は、キャバレーの下働きをする20歳の若者。
身内はギャンブル狂の父親と、そのとにかくろくでもない父親に20年間振り回されてきた母親のみ。
物語は、章介が亡くなり骨となった父親と再会するところから始まります。
骨となった父親との再会から始まる、なかなか衝撃的な幕開けです。
バラバラな3人と作る疑似家族
章介が働くキャバレーでは、年末年始にかけて3人のタレントを雇い、ショーを任せることになりました。
大物タレントの触れ込みだったものの、やってきたのは
- マジシャンの師匠
- シャンソン歌手のシャネル
- ストリッパーのひとみ
という全くの無名の3人のタレントたち。
彼らはキャバレーでショーをする約1カ月の間、章介しか住んでいないボロボロの寮で寝泊まりすることに。
賑やかな3人を最初は疎ましく思っていた章介。
しかし、だんだんとその賑やかさに心地よさを感じるようになります。
お世辞にも理想的とは言いがたい両親の元で育った章介にとって、人生で初めて家族の幸せを感じるようになるのです。

この章介の3人に対する変化には微笑ましさを感じました。
マジシャン、シャンソン歌手、ストリッパーと披露するものは違うもののショーの世界で生きてきた3人はそれぞれが想像を絶するような苦労をしてきたのだろうと思います。
その苦労はほとんど描写されませんが、3人の細やかな気遣いや優しさが苦労の年月を感じさせました。
そんな3人と章介の寮での共同生活は、グチャグチャながらも家族そのものでした。
けれども、3人が釧路に滞在するのは1カ月間のみ。
必ず別れが訪れると分かっているからこそ、仲を深めれば深めるほど、読んでいるこちらも切なくなってしまいました。
子どもと大人の境界線
主人公・章介は20歳の若者です。
中学を卒業したばかりの15歳で働き始め、流れ着いたキャバレーで下働きとして働く日々。
社会人になって5年、成人もしており、自分のことは全部自分でできるしっかり者でもあります。
ギャンブル狂だった父親の反面教師として、しっかり地に足を付けている章介。
しかし、そんな章介はところどころ幼さが残り、弱々しさも隠せない子どもらしさありました。
未成熟なまま大人になることを強制された、しっかりしているものの精神的に成長しきっていない。
章介のその不安定な成熟からくる危うさが、この「俺と師匠とブルーボーイとストリッパー」の1つの魅力かもしれません。
もし章介がもう少し大人で、世の中に擦れていたら、あの3人にあそこまで入れ込むことはなかったのではないかと思います。
章介と3人が強く結びつけたのは、章介が3人のような存在をずっと求めていたからなのだろう。
そう感じてしまいました。
時代の背景&用語について
「俺と師匠とブルーボーイとストリッパー」はわたしが生まれる20年以上前のお話です。
そのため、小説の時代背景や出てくる用語が時々ピンときませんでした・・・。
そんなこんなで覚え書きとして時代の背景や用語について調べ、まとめてみました。
時代背景
「俺と師匠とブルーボーイとストリッパー」は昭和50年の12月から、翌年昭和51年の1月まで1カ月間を描いています。
西暦だと1975~1976年ですね。
小説の冒頭で『昭和37年に起きた3億円事件が無効となった』『たった7年黙っているだけなら~』とあるので、昭和50年のことと推測しました。
※『3億円事件』は1968年12月10日に起きた事件で、その7年後1975年12月10日に時効が成立しています。
3億円事件はわたしが生まれる遙か前の事件なので、名前くらいしか知りません。
しかし、この「俺と師匠とブルーボーイとストリッパー」の時代はリアルタイムで起きたことだったのかと新鮮でした。
他にも昭和50年には
- 「ベルサイユのばら」が一大ブームに
- 山陽新幹線が全線開通
- ベトナム戦争・サイゴン陥落
などの出来事があったとのこと。

結局、調べても全然ピンときませんでした・・・。
ブルーボーイとは
章介がシャンソン歌手のソコ・シャネルについて言い表し、この小説のタイトルにも使われている『ブルーボーイ』。
わたしにとっては初めて聞く言葉です。
そんなこんなで調べてみたところ、ブルーボーイとは<男性として生を受けた者が人為的に女性の風貌となり、かつそのことを公にして水商売や風俗店に従事する者、芸能界で働く者の呼び名>とのこと。
つまり、現在では「ニューハーフ」と呼ばれる方たちのことでした。
※参考・引用 ニューハーフ ―Wikipedia
ニューハーフがかつて『ブルーボーイ』と呼ばれていたなんて、全然知らなかったです・・・。
ブルーボーイは1950~70年代頃まで使われていた言葉です。
由来は、パリのキャバレー・カルーセルの性転換ダンサーを指した言葉とのこと。
当初は性転換したダンサーのみを指す言葉でしたが、次第に性転換をして風俗などで働く人に対しても使われるようになりました。
けれども1964年に起きた「ブルーボーイ事件」をきっかけに使用されなくなっていったとのこと。
「ブルーボーイ事件」は、産婦人科医師が十分な診察を行わずに性転換手術を行い、優生保護法に違反したと有罪判決を受けた事件です。
※参考 ブルーボーイ事件 ―Wikipedia

小説では『ブルーボーイ』であるシャネルが自分自身のありのままの姿で生きる様子が描かれます。その堂々とした姿は、実際に見ていないのにカッコよかったです。
「自由を選べる人間」であるということ
父親が死に、母親が地元を去り、最終的に暮らしていた家すら失う章介。
そんな章介を同じキャバレーでマネージャーとして働く木崎は「自由を選べる人間」と評します。
また、何も持たない章介を「うらやましい」とも。
この言葉は共感できるものの、持つ者である木崎が言うと非常に残酷な言葉であるとも感じました。
章介に「自立」を促す木崎には、自由と自立を求めて失敗したという過去がありました。
その後、章介は共同生活を送った3人と別れ、母親と再会します。
それから、何があったのか。
小説の最後に、章介の目に映った光景がこの「俺と師匠とブルーボーイとストリッパー」における何よりの救いであり、希望そのものでした。
とにかく最高で、面白いながらも切なさで胸が苦しくなる。そんな小説でした。