原浩さんのホラー小説「火喰鳥を、喰う」の感想です。
戦死した大伯父の日記が発端となり、主人公とその周囲の人たちに次々と悲劇が起こる。
悲劇を食い止めるべく、主人公とその妻はある人物に助けを求めるのですが・・・。
平和な世界が敵意により浸食されていく恐怖を描いた、清々しく怖いホラーです。
- 作者:原浩
- 対象:中学生~
- 性的な描写なし
- グロテスクな描写あり
- 2020年12月に角川書店より刊行
- 2022年11月に角川ホラー文庫より文庫化
- 第40回横溝正史ミステリ&ホラー大賞・大賞作品
「火喰鳥を、喰う」について
「火喰鳥を、喰う」は原浩さんのホラー小説です。
原浩さんはこの「火喰鳥を、喰う」にて横溝正史ミステリ&ホラー大賞・大賞を獲得。
つまり、この「火喰鳥を、喰う」がデビュー作です。
読み終わってからデビュー作であることを知り驚きました・・・。
まずは、そんな「火喰鳥を、喰う」のあらすじを掲載します。
全ては「死者の日記」から始まった。これは“怪異”か、或いは“事件”か。
信州で暮らす久喜雄司に起きた二つの出来事。ひとつは久喜家代々の墓石が、何者かによって破壊されたこと。もうひとつは、死者の日記が届いたことだった。久喜家に届けられた日記は、太平洋戦争末期に戦死した雄司の大伯父・久喜貞市の遺品で、そこには異様なほどの生への執着が記されていた。そして日記が届いた日を境に、久喜家の周辺では不可解な出来事が起こり始める。貞市と共に従軍し戦後復員した藤村の家の消失、日記を発見した新聞記者の狂乱、雄司の祖父・保の失踪。さらに日記には、誰も書いた覚えのない文章が出現していた。「ヒクイドリヲクウ ビミナリ」雄司は妻の夕里子とともに超常現象に造詣のある北斗総一郎に頼ることにするが……。 ミステリ&ホラーが見事に融合した新鋭、衝撃のデビュー作。
火喰鳥を、喰う―Amazon.co.jp
「火喰鳥を、喰う」の舞台は信州中南部、つまり長野県です。
主人公・久喜雄司は本棟造りという長野県中部・南部特有の伝統ある古民家に暮らしています。
久喜家の家族構成は主人公の雄司とその妻・夕里子、雄司の祖父・保、雄司の母・伸子の4人。
雄司の父・雅史は17年前に交通事故で亡くなっています。
また、家族ではありませんが、夕里子の弟で大学生の亮が遊びに来ることも。
不幸な事故があったものの、家族仲が良い、幸せな一家と言えます。
小説は、そんな平和な久喜家に、太平洋戦争で亡くなった保の兄・久喜貞市の手帳が届けられるところから始まります。
『火喰鳥』とは
「火喰鳥を、喰う」のタイトルにも登場する『火喰鳥』。
この火喰鳥はインドネシアやオーストラリア北東部、パプアニューギニアなどに生息する鳥です。
小説内でも言及されていますが、火喰鳥(火食鳥)という名前は火を食べるからではなく、のどから垂れた赤い肉のヒダ(肉垂)が火を食べているように見えることが由来です(諸説あり)。
↑は火喰鳥の画像ですが、あまり美味しくはなさそうですよね・・・。
ただ、現在でも食用として育てられることがあるらしいので、味は美味しいのではないでしょうか。
そんな火喰鳥の形態について、文章を引用してみると↓
ヒクイドリ目最大種。地球上では2番目に重い鳥類で、最大体重は85kg、全高190cmになる。一般的な全高は127-170cm、メスの体重は約58kg、オスの体重は約29-34kgである
ヒクイドリ―Wikipedia
とのことでした。
開きはあるようですが、だいたいメスは成人男性と同じくらいの身長・体重、オスは小学生くらいの大きさですね。
体が大きすぎるので、空を飛ぶことは出来ません。
しかし、その分足が速く、その速さは時速50kmほどに達するとか。
さらに鋭い爪は殺傷能力が高く、その気性の荒さから世界一危険な鳥とも言われています。
ただ、本来は臆病な性格で、刷り込みが出来るらしい?ので大昔の人類はこの火喰鳥を飼っていたという説もあります。
ペットだとしたら豪華ですよね。
※参考 ヒクイドリ―Wikipedia
そんな『火喰鳥』は小説「火喰鳥を、喰う」では大活躍します!
【ネタバレなし】「火喰鳥を、喰う」感想・あらすじ
「火喰鳥を、喰う」のネタバレなし感想・あらすじです。
ネタバレありの感想は↓に分けてあります。
ジャパニーズホラー
長野県の農村地帯が舞台である「火喰鳥を、喰う」は、最初の方は特に、ザ・ジャパニーズホラーといった雰囲気で進んでいきます。
戦死した大伯父の名前だけ削り取られた墓石。
戦地から70年以上の時が経ち、戻ってきた日記。
その日記に綴られている過酷なサバイバル。
そして『久喜貞市は生きている』という一言から始まる不可解な現象たち。
ジワリジワリと正体不明の悪意が近づいてきている怖さはまさに日本らしいホラー小説と言えます。
そもそも、夏の田舎、という舞台設定の時点でなぜだか怖いです。
オカルトに詳しいとされる北斗総一郎が登場する中盤までは、本当に何が起こっているのか、主人公・久喜雄司も読者であるわたしたちにも分かりません。
北斗総一郎の登場により「火喰鳥を、喰う」は純粋なホラーにミステリー要素が加わり、新たな展開へと進んでいきます。
展開が早すぎて
「火喰鳥を、喰う」は、テンポの良さが魅力ですが、悪く言えば展開が早すぎて振り落とされがちという難点もあります。
後半の展開はポンポン進みすぎて、完全に振り落とされました。
ただ、スピーディーな展開は、主人公・久喜雄司と同じように、考える暇もなく展開に振り回される恐ろしさを体感できる、という意味では魅力?と言えます。
終盤の終盤まで何が起こっているのか分からず、分かったときには手遅れになっている。
しかし、結末ではしっかり何が起こっていたのか説明されているのでご安心ください。
わたしは好みだったのですが、この「火喰鳥を、喰う」はどこまでもドライな小説でした。
ジメジメした感じがなく、カラッとした爽やかなホラーです。
展開にも結末にも良い意味で裏切られ、とても怖い思いが出来て満足でした。
ここまで、ネタバレなしで「火喰鳥を、喰う」をご紹介しました。
↓ではネタバレ全開で紹介の続きを書いています。
【注意・ネタバレあり】「火喰鳥を、喰う」感想・あらすじ
ネタバレありの「火喰鳥を、喰う」感想です。
そもそもどんな話だったのか
「火喰鳥を、喰う」は、新たに発生した『世界』に元の世界が乗っ取られる、完全にSFホラーでした。
この新たに発生した『世界』とは、1945年6月9日に久喜貞市が亡くならず、生き残った世界です。
『久喜貞市が生存した世界』がオリジナルである久喜貞市が亡くなった世界を侵食していき、最後には完全に乗っ取る。
ただでさえずっと怖かったのに、全く救いのないラストには呆然としました。
プロローグとサブタイトル
結末を読み、冒頭へ戻ると、詩的なプロローグが千弥子のものだったことが分かります。
お前の死は私の生
その冒頭の一文がまさにこの「火喰鳥を、喰う」の全てだったのかとまたしても呆然としました。
また、章ごとの末尾にあった夢の情景は、すべて千弥子のものだったことも分かります。
つまり、千弥子や貞市を夢の中で襲っていた火喰鳥というのは雄司(の思念)だったということなのでしょう。
「火喰鳥を、喰う」のサブタイトルである『KILL OR BE KILLED』。
直訳すると『殺すか、殺されるか』。
終盤、1945年6月12日の日記に書かれた『火喰鳥を喰う ヤムヲエズ』というのは、言葉通り火喰鳥を食べた、ということではなく、自らが死ぬはずの世界を喰らい討ち滅ぼした、ということだったのでしょう。
青写真を描いた人物
「火喰鳥を、喰う」はオリジナルの世界に生きる雄司と、新たな世界に生きる千弥子が、それぞれ自らの存在をかけて戦う、というものでした。
↑こう書いてみると、非常に壮大なSFですね。
しかし、当の本人たちは勝手に土俵に上げられ、知らず知らずのうちに戦わされていた状態です。
だからこそ雄司があまりにも不憫と言えます。
戦いを始め、勝負を仕切っていたのは北斗総一郎。
そして、その北斗の目的は素直に気持ち悪くて、ある意味この「火喰鳥を、喰う」の中で最も怖い要素とでした。
個人的に一番不憫だったのは
「火喰鳥を、喰う」において、わたし個人が一番不憫に思ったのは、夕里子の弟である亮。
久喜家との関係が薄いのに、生まれてくることすら叶わないのはかわいそうでした。
別に生まれても・生まれなくても久喜家とはほぼ関係がないのに、それでも生まれてこれなかったのは、亮が北斗を嫌っていたからなのでしょうか?
そう考えると不憫すぎて悲しいです。
主人公にとってここまで救いがないラストだと、読み終わった直後は感想が出てこないものだと驚きました。
しかし、時間が経ち、その面白さにゾクゾクしました。
後味はとにかく最悪ですが、ホラーとしてはとても面白い小説です。
ここまで「火喰鳥を、喰う」の感想でした。