東山彰良さんの小説「怪物」の感想です。
自身のルーツを基に書いた小説『怪物』と、小説家がいる世界の境界線が少しずつ曖昧になっていく、とても難解なストーリーの小説です。
どこまでが現実で、どこからが虚構なのか。
時代も国も超えて、愛や自由に翻弄される男性の姿を描いた力作でした。
- 作者:東山彰良
- 対象:中学生~
- グロテスクな描写あり
- 性的な描写あり
- 2022年1月に新潮社より刊行
「怪物」について
「怪物」は東山彰良さんの小説です。
この「怪物」をジャンルに分けることは非常に難しいのですが、サスペンスや歴史、さらにはホラー要素まで盛り込まれた小説となっています。
また、この「怪物」はとても複雑な小説でした。
軽い気持ちで読み始めたのですが、軽い気持ちで読むことができないほど構造が複雑で、難解で、何度も混乱し続けながら、やっとのことで読み終えたという感じです。
そんな「怪物」のあらすじを掲載します。
乗機B-17を撃墜され、毛沢東治世下の敵国に落下した、台湾空軍スパイ。彼は飢餓の大陸から奇跡の帰還を果たす。そう、これは私の血族の話だ。中国、台北、東京。幾つもの煉獄を遍歴する男と彼をモデルに小説を書く作家――二人の男の運命が交じりあう。恋そして冒険。東山彰良の黄金期を告げる圧倒的長篇。
怪物―Amazon.co.jp
もうすでに書いているのですが、この「怪物」という小説はとても複雑です。
説明が難しく、逆に混乱させてしまうかもしれませんが、何とか説明してみます。
まず主人公は小説家の柏山康平(かしやまこうへい)。
柏山は10年前に自身のルーツである台湾が舞台で、叔父を主人公のモデルとした『怪物』という小説を刊行。
その小説が世界的な賞の最終候補に選ばれたことで一躍注目を浴び、故郷である台湾に凱旋するところから物語は始まります。
この「怪物」は、そんな<小説家・柏山康平が生きる世界>と<小説『怪物』の世界>の2つが入り交じるように進んでいきます。
しかし、徐々に現実の世界だと思われていた<小説家・柏山康平が生きる世界>が、また違う物語(虚構)の中の世界であることが明かされます。
ただ、どこまでが現実で、どこからが物語なのか、その境界線は曖昧です。
少しずつ現実と小説の世界が融合していき、ショッキングな出来事を経て、柏山は覚醒します。
覚醒してから柏山は、再び『怪物』と向き合うことになります。
構成の面白さ
「怪物」は3部・20章に分かれた小説です。
第1部は1~12章、第2部は13~17章、第3部は18~20章までです。
章の配分としてはバランスが悪いですが、大まかに
- 小説の導入・謎の提示
- 第1部の答え合わせ
- 主人公・柏山が出した答え
という構成になっているのではと思います。
第1部で現実か物語か曖昧だった部分が、第2部ではある程度はっきりします。
そして第3部は小説家・柏山が手がけた小説『怪物』において、柏山が出した答え、といった感じでしょうか。
旧知の人や新たに出会った人との交流を経て柏山が出した答え、結末はとても良かったと思えます。
「怪物」のモデルについて
「怪物」の主人公・柏山康平は、この「怪物」の作者・東山彰良さんを投影させたキャラクターだと思われます。
以下、東山彰良さんの経歴を掲載します。
1968年、台湾台北市生れ。9歳の時に家族で福岡県に移住。2003年、「このミステリーがすごい!」大賞銀賞・読者賞受賞の長編を改題した『逃亡作法 TURD ON THE RUN』でデビュー。2009年『路傍』で大藪春彦賞を受賞。2015年『流』で直木賞を受賞。2016年『罪の終わり』で中央公論文芸賞を受賞。2017年から2018年にかけて『僕が殺した人と僕を殺した人』で、織田作之助賞、読売文学賞、渡辺淳一文学賞を受賞する。『夜汐』『どの口が愛を語るんだ』など著書多数。
東山彰良『怪物』 新潮社
↑の経歴を見て分かりますが、東山さんは台湾出身、日本育ちの小説家。
2015年に自身のルーツである台湾を舞台にした小説「流」で直木賞を獲得。
一躍人気作家の仲間入りを果たします。
細かいところは違いますが、「怪物」の柏山康平と作者の東山彰良さんは重なる存在です。
わたしは「柏山康平≒東山彰良」として読み進めたため、より現実と物語の境目が見えなくなり、混乱し続けてしまいました。
いずれにしても「東山彰良の物語」の中で、読者であるわたしももてあそばれていたのだろうと思います。
『空色風琴鳥』とは
「怪物」において重要な役割を果たす存在が鳥。
その中でも、特に目立った活躍を見せるのが『空色風琴鳥』という鳥です。
↑イラストですが、本物の特徴をよく捉えています。
★写真で確認したい場合はこちら
空色風琴鳥は『ソライロフウキンチョウ』と読みます。
南アメリカに生息する鳥で、体調は16~18cmほどと手のひらサイズですね。
トリニダード・トバゴでは『ブルージーン(Blue Jean)』とも呼ばれています。
その空色風琴鳥の特徴は、なんと言ってもその体の色。
『空色』という名前の通り、澄んだ青色をしています。
青い鳥、というのは、古くから小説などフィクションの世界で「幸せ」の象徴として登場してきました。
しかし、この「怪物」における青い鳥『空色風琴鳥』が表すものは、ストレートな「幸せ」ではないと思います。
ただ広い意味では「幸せ」なのだろう、とも考えられます。
いずれにしても「怪物」は青い鳥に導かれている物語、でもありました。
「怪物」感想・あらすじ
「怪物」の感想・あらすじです。
もう1人の主人公・鹿康平
「怪物」の主人公は小説家・柏山康平だけではありません。
もう1人の主人公は、柏山康平が手がけた『怪物』の主人公・鹿康平(ルウカンピン)。
鹿康平は台湾の空軍に所属する軍人でした。
1959年、戦闘機で偵察中だった中国の領空内で撃ち落とされるものの、奇跡的に生き延びます。
生き残った彼は、民兵の首領だった蘇大方(そだいほう)に捕らえられるものの、後に逃走し、台湾に命からがら逃げ帰ります。
台湾に戻った後は中国スパイの容疑をかけられ拷問を受けるものの、そこでも奇跡的に生き延びました。
しかし、ようやく穏やかな暮らしを取り戻した鹿康平ですが最後には自殺を図る、というストーリーの小説です。
そんな鹿康平が活躍する『怪物』は、劇中小説としてだけでなく、素直に読み応えがあって面白かったです。
1人の男の決死のサバイバル、として『怪物』そのものを読んでみたいとも感じました。
また『怪物』で描かれる当時の中国・台湾の様子の生々しさにはゾッとしました。
わたしは中国の歴史には詳しくないので、歴史について知るとともに、色々と考えさせられる内容だったと思います。
わたしのように中国・台湾の歴史に詳しくない方でも難しく読める小説だと思います。
(ただし、何度も言っているように小説そのものは難解すぎます)
「怪物」とは
鹿康平が怪物を撃ったのは一九六二年のことだった
「怪物」の冒頭、そして劇中小説である『怪物』の冒頭でもあります。
この鹿康平が撃った<怪物>は民兵の首領・蘇大方です。
しかし、この<怪物>の正体は小説が進むにつれ曖昧になっていきます。
鹿康平が闘った<怪物>とは誰だったのでしょう。
また<怪物>は小説世界を構築する創造主、つまり作者でもあります。
小説の中のいち登場人物でしかない人物が、作者に対し抵抗する。
そんな現実と虚構の枠を超えた怪物との戦いでもあるのだろうか、とも感じました。
「怪物」は、東山彰良さんの小説としてはやや珍しく、主人公の男性が女性に翻弄され、愛欲に溺れていく様子も描かれます。
しかも主人公の前に現れるのは2人の魅力的な女性。
女性たちとの出会い・交流を経た主人公の変化も物語の大きな要素だと思います。
話が複雑なので、(400ページ超えですが)時間があるときに一気読みするのがオススメです。
ここまで東山彰良さんの小説「怪物」の感想でした。