宮部みゆきさんのSFアンソロジー「さよならの儀式」の感想です。
SF短編が8作品収録。
一冊でさまざまな毛色のSFが楽しめる、贅沢なSF小説でした。
- 作者:宮部みゆき
- 対象:中学生~
- 性的な描写なし
- グロテスクな描写ややあり
- 2019年7月に河出書房新社より刊行
- 2022年10月に文庫化
「さよならの儀式」について
「さよならの儀式」は宮部みゆきさんのSF短編小説です。
彩り豊かなSF短編が8編収録されています。
まずは、そんな「さよならの儀式」のあらすじを掲載します。
親子の救済、老人の覚醒、30年前の自分との出会い、仲良しロボットとの別れ、無差別殺傷事件の真相、別の人生の模索……淡く美しい希望が灯る。宮部みゆきがおくる少し不思議なSF作品集。
さよならの儀式―Amazon.co.jp
400ページ超えと大ボリュームの短編集である、この「さよならの儀式」。
長編だと思って読み始め、2編目から全く違う話が始まったので驚きました。
すべて『SF』というジャンルの中で書かれた作品たちですが、どれも毛色が異なり、新しい短編を読み始めるたびにワクワクできたのが良かったです。
この「さよならの儀式」の刊行によせて、作者・宮部みゆきさんは↓のコメントを発表しています。
『さよならの儀式』刊行によせて
さよならの儀式―Amazon.co.jp
〈10年前、新しく始まるSFアンソロジー『NOVA』(大森望責任編集、河出文庫)に参加しませんか—-と誘っていただいたとき、これまでのような「なんとなくSF」ではなく、「ちゃんとSF」を書こうと思いました。その積み重ねで出来上がったのが本書です。歳月のなかで私が変化したところと変化しないところが浮かび上がり、作家的血液検査の結果を見るようで、嬉しくもあり恐ろしくもある作品集になりました。〉—-宮部みゆき
「ブレイブ・ストーリー」などファンタジー小説は何作か書いている宮部みゆきさんにとって、SFは一つのチャレンジだったようですね。
たしかに、SF小説だと気付いたときには少し意外でした。
しかしSFの世界観でも、描きたいテーマは他の小説と変わらず一貫していたので、SFを読み慣れていないわたしでも読みやすかったです。
「さよならの儀式」感想・あらすじ
「さよならの儀式」の各話あらすじと感想です。
※サブタイトル下の緑文字は さよならの儀式―Amazon.co.jp から引用しました。
母の法律
虐待を受ける子供とその親を救済する奇蹟の法律「マザー法」。でも、救いきれないものはある。
実の親から虐待を受けた子どもを保護し、国の施設か里親のもとで養育する。
その際、虐待を受けた子どもの記憶を沈下させ、思い出させないようにする処置が執られることもある。
そんな『母の法律』は、理想を追い求めつつ、どこか歪になってしまった近未来の日本が舞台となっています。
虐待を受け亡くなる子どもたちが多くいる現状では、このような思い切った政策が必要に感じます。
しかし、この<マザー法>が施行された日本は、理想的に見える反面、なんともモヤモヤする世界でもありました。
ラストの苦々しさが残ります。
戦闘員
孤独な老人の日常に迫る侵略者の影。覚醒の時が来た。
まず「さよならの儀式」は長編小説だと思っていたので、前に掲載されていた『母の法律』とは全く違うお話が始まり拍子抜けしました。
しかし『戦闘員』は個人的に、この「さよならの儀式」の中で一番好きなお話です。
SFホラーと言うべき『戦闘員』の主人公は80才を過ぎたおじいさん。
体力的には衰えを感じつつも、頭の方はしっかりしています。
『戦闘員』では、そんな彼の平穏な日常が、徐々に何者かによって蝕まれていく様子が描かれています。
現代の日本が舞台で、敵がわたしたちの身近なもの、という世界観はなかなか怖かったです。
雰囲気的にはテレビ番組の「世にも奇妙な物語」を彷彿とさせました。
わたしとワタシ
45歳のわたしの前に、中学生のワタシが現れた。「やっぱり、タイムスリップしちゃってる! 」
ホラー風味で重めな短編が多い中、この『わたしとワタシ』はポップで軽やかなタイムスリップ系のSF短編でした。
45才の女性の前に、15才・高校1年生の自分が現れます。
※あらすじには「中学生」と書かれていますが高校1年生です。
30年前の自分と対峙する、というのはなかなか気まずいものがありそうですね。
45才の彼女は、目の前の自分がこれからどんな風に生きていくのか全て知っています。
明るく楽しい未来を思い描いていた高校生の自分と、現実の自分。
30年で価値観が大きく変わった、ということを改めて思い知らされたような気がしました。
また、自分が未来もしくは過去へタイムスリップする、ではなく、過去の自分が現代にやってくるというのはやや珍しい感じがして面白かったです。
さよならの儀式
長年一緒に暮らしてきたロボットと若い娘の、最後の挨拶。
表題作です。
廃棄されるロボットに最後の別れをしに来た若い女性。
そんな若い女性に対し、終始冷たい態度で接する施設の職員。
家庭用ロボットが一般的となった社会の、ある意味暗部と言える部分を描いた短編でした。
ロボットは機械なのか、それとも家族なのか。
冷たい施設職員の真意も含めて切なさが迫ります。
星に願いを
妹が体調を崩したのも、駅の無差別殺傷事件も、みんな「おともだち」のせい?
SFですが、ホラー要素が強い短編でした。
近頃、たびたび体調を崩すようになった小学生の妹を迎えに行く高校生の姉。
学校でいじめを受けていると判断した母親は学校へ直談判しに行くことに。
そんなある日、近所の駅で無差別殺傷事件が発生します。
妹と2人、家にいた姉は、その無差別殺傷事件の犯人が家の敷地内で倒れていることに気づき・・・。
読み終わった後、どこまでが本当のことだったのか?と考え込んでしまいました。
ジュブナイルホラーとも言える短編です。
聖痕
調査事務所を訪れた依頼人の話によれば—-ネット上で元〈少年A〉は、人間を超えた存在になっていた。
12年前に起きた、虐待を受けていた中学生の少年が母親と養父を殺害、その後通っていた学校で担任教師を人質にして立てこもった事件。
その少年事件の犯人だった実の息子が、ネットのとある書き込みに悩まされている。
そんな依頼を受けた探偵のお話です。
ネットの書き込みにより、自らの与り知らぬところで神格化されていく。
現実にも通じる恐怖と言えますね。
ファンタジックな要素もありますが、神様を作り上げる、という点ではSF要素が強い短編だったと言えます。
海神の裔
明治日本の小さな漁村に、海の向こうから「屍者」のトムさんがやってきた。
『海神の裔(かいじんのすえ)』は少し特殊な短編です。
劇中では<屍者(ししゃ)>と呼ばれる死体から作られる人造人間が登場します。
わたしはこの<屍者>が登場するある小説を読んだことがあり、なぜ同じ設定なのか?と読みながら不思議でした。
その疑問の答えは『初出』が掲載されたページの文末にしっかり書かれています。
『海神の裔』は伊藤計劃×円城塔「屍者の帝国」の世界観を基にした作品です。
わたしはこの「屍者の帝国」の小説を読んでいますし、小説を原作としたアニメ映画も観ています。
そのため、一致点を疑問に思いつつも、すんなりと世界観を理解できました。
『海神の裔』は働かせるために生かされている死体<屍者>が明治時代の漁村に流れ着き、村人たちと交流していくというストーリー。
設定も含めて、どこか日本昔話のようなテイストのお話でした。
ちなみに、世界観の基になった「屍者の帝国」もオススメです。
難しい漢字だらけの固有名詞さえ乗り越えられれば、とても面白いSF小説でした。
また、アニメ映画は原作に忠実で、映像になっているので物語の流れが分かりやすかったです。
保安官の明日
パトロール中、保安官の無線が鳴った。「誘拐事件発生です」なぜいつも道を間違ってしまうのか……
事件とは無縁の平和な田舎町で、とても平和ではない事件が発生。
保安官は町の住民たちとともに、犯人の追跡を行います。
と書くとミステリーやサスペンスのような展開です。
しかし、保安官の一人称により描かれるこの短編では、少しずつその田舎町の秘密が明らかになっていきます。
誰が、何を目的としてその町を作ったのか。
その狂気的な理由と結末はSF短編集の最後にふさわしいものに感じました。
一気に読むと大ボリュームですが、短編集なので少しずつ読み進められるのがポイントです。
いろいろなSFが一冊で楽しめるので、大満足です。
ここまで「さよならの儀式」の感想でした。