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「ライオンのおやつ」小川糸 残されたわずかな時間を輝かせた女性を描く感動作

レモンの木 レモン畑 ライオンのおやつイメージ 小説
Hans BraxmeierによるPixabayからの画像

小川糸さんの小説「ライオンのおやつ」の感想です。

余命宣告を受け、ホスピス『ライオンの家』に入所することになった主人公の雫。

そんな『ライオンの家』での彼女が過ごした短い時間がみずみずしく鮮やかに描かれた小説です。

「ライオンのおやつ」基本情報
  • 作者:小川糸
  • 対象:小学校高学年~
    • エログロ描写なし
  • 2019年10月にポプラ社より刊行
  • 2020年第17回本屋大賞・第2位
  • 2021年6月にNHKにて連続ドラマ化

「ライオンのおやつ」について

「ライオンのおやつ」は小川糸さんの小説です。

2019年に刊行され、2020年の本屋大賞では第2位に輝きました。

舞台は瀬戸内海の島にあるホスピス、主人公は余命宣告を受けた33歳の女性。

物語は主人公の雫がホスピス『ライオンの家』に入居するため、島を訪れるところから始まります。

まずは、そんな「ライオンのおやつ」のあらすじを掲載します。

人生の最後に食べたいおやつは何ですか――
若くして余命を告げられた主人公の雫は、瀬戸内の島のホスピスで残りの日々を過ごすことを決め、穏やかな景色のなか、本当にしたかったことを考える。
ホスピスでは、毎週日曜日、入居者がリクエストできる「おやつの時間」があるのだが、雫はなかなか選べずにいた。
――食べて、生きて、この世から旅立つ。
すべての人にいつか訪れることをあたたかく描き出す、今が愛おしくなる物語。

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「ライオンのおやつ」を読む前は、ホスピスが舞台で主人公が若い女性、という設定から、センチメンタルで感傷的なストーリーなのだろうと感じていました。

しかし、この「ライオンのおやつ」を読むと、そのイメージは覆ります。

悲しい・感動という思いもありますが、わたしが一番感じたのは『救い』でした。

生きることの過酷さと、その過酷な中でも見いだせる希望や美しさが柔らかなタッチで描かれた小説だったと思います。

「ライオンのおやつ」あらすじ&感想

「ライオンのおやつ」のあらすじ&感想です。

一人称で語られる心の変化

「ライオンのおやつ」は主人公である海野雫の語り(一人称)で展開される物語です。

がんになり、5年間闘病したものの、余命宣告を受けた雫。

最初に登場した雫は、人生に対して捨て鉢になっていました。

ヤケクソのような感じでしたが、すべてを諦め、心が凪いでいる状態。

この「ライオンのおやつ」は、そんな人生を諦めた雫が、自らの死を受け入れて亡くなるまでが描かれています。

医療ものでもSFでもないので、雫に待ち受けるのは逃れようのない死。

しかし、近いうちに訪れる死を前に、雫の心はドンドン豊かになっていきます。

その雫の心の変化が本作の一番の魅力でしょう。


33歳で亡くなる雫は、わたしと10歳も年が離れていません。

がんを発症したのはその5年前の28歳ごろ。

わたしに当てはめると、健康でいられるのはあと数年しか残されていません。

この平穏な時間が病によって失われる。

その他人ごとではない恐怖も読みながら感じました。

だからこそ、雫の苦悩が身に染みて感じるのだと思います。

ホスピス『ライオンの家』の意味

この小説のタイトルは「ライオンのおやつ」。

ホスピスが舞台の小説なのに、どうしてこんなタイトルなのだろう?

また、読み始めると、雫が入所するホスピスの名前が『ライオンの家』でした。

ホスピス=ライオンが結びつかず、不思議でしたが、その理由は小説の中程で明かされます。

ライオンは百獣の王。

百獣の王であるライオンは強いので、他のどんな動物にも襲われる必要はありません。

だから、心配なんて要らない。

どんな時でも安心して過ごすことができる。

そんな誰にも安心を壊されることがないライオンたち、つまり入所者たちが暮らす家だから『ライオンの家』という名前になったのです。

「もう何も恐れることはない」というメッセージが込められた『ライオンの家』。

この名前もそうですし、景観やイベントも含めて、自分の死期が近づいたら『ライオンの家』で暮らしたい、と本気で思いました。

『おやつ』の描写が罪深い

小説のタイトルの『おやつ』は、毎週日曜日の午後3時から、入所者の1人が希望するおやつを食べるというイベントによるものでした。

最後にもう一度食べたいおやつ。

そんな、たった1品のおやつから、選んだ人の人生が垣間見える。

このイベントの描写からは、心理的にも食べること=生きることなのだと感じました。

そして、何より、小説内で登場するおやつの描写が素晴らしく美味しそうでした!

おやつはもちろんのこと、朝食に用意されるお粥の描写も美しく、食べることの喜びをわたしまで感じるかのようでした。

雫は残された時間が少ないにも関わらず、食べたいおやつをなかなか決められませんでした。

しかし、同じ入所者たちがおやつを選び、次々と旅立っていくのを見て、雫はおやつを選びます。

もし、わたしが『ライオンの家』に入所したとして、一体どんなおやつを選ぶだろう。

そう考えると、パッと思いつく物はありません。

最後の最後に難しい問題を出すな、と思うと同時に、自分が選んだおやつを待ちわび、そのおやつが食べられた時の感動は代えがたいだろうとも感じました。

幻想的なフィナーレが

前項でも書きましたが、この「ライオンのおやつ」は雫の一人称で語られる物語です。

その語りは、雫が亡くなる直前まで続きます。

『ライオンの家』へ入所した当初は、自由に散歩ができ、意識もハッキリしていた雫。

けれども、死が近づくほどに、その意識は曖昧で、ボンヤリとしたものになっていきます。

気が付いたら数日が過ぎていて、見ているものが夢か現か分からない状況になっていくのです。

わたしたち読者もそんな雫の目を通してしか状況が把握できません。

現実と夢の境がなくなっていく。

しかし、そのいずれも雫にとっては幸せなものになりました。

その幻想的な世界は雫の死によって終わりを告げます。


死は悲しいものではありますが、この「ライオンのおやつ」での死は希望に溢れていました。

だから感傷的にならず、そして読んだ後に心が落ち着くのだと思います。

こんな夢のような場所で死を迎えられたら幸せだろうな。

辛い話ではありますが、生きることや死ぬことへの恐怖が少し和らぐような。

「ライオンのおやつ」はそんな小説でした。

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