5月も下旬に入りムシムシ・ジメジメとした不快な天気が続いていますね。
そんなジットリまとわりつくような梅雨の湿気のような不快感を楽しめる小説「アムステルダム」をご紹介します。
イギリスの大作家イアン・マキューアンのブッカー賞受賞作。
「イヤな気分になる小説が読みたい!」という精神が元気な方にオススメしたい傑作です。
- 作者:イアン・マキューアン
- 対象:中学生~
- 性的な描写あり
- 暴力描写はほぼなし
- ただ、相当インモラルではある
- 1998年に刊行
- 同年度のブッカー賞を獲得
「アムステルダム」あらすじ
「アムステルダム」はイギリスの作家イアン・マキューアンの小説です。
同じイアン・マキューアンの小説「贖罪」の感想は↓
1人の奔放な女性の死をきっかけに起こる元恋人たち3人の悲劇を描かれています。
まず、最初に断っておきたいのは、この「アムステルダム」は非常に後味が悪い小説です。
ずっと「イヤだな~、不快だな~」と思いながら読み進め、最終的にもその気分は晴れません。
ただ、小説としてはとても面白かったです。
そんな「アムステルダム」のあらすじはこちらです。
ロンドン社交界の花形モリーが亡くなった。痴呆状態で迎えた哀れな最期だった。夫のいる身で奔放な性生活をおくった彼女の葬儀には、元恋人たちも参列。なかには英国を代表する作曲家、大新聞社の編集長、外務大臣の顔も。やがてこの三人は、モリーが遺したスキャンダラスな写真のために過酷な運命に巻き込まれてゆく。辛辣な知性で現代のモラルを痛打して喝采を浴びたブッカー賞受賞作!
アムステルダムーAmazon.co.jp
「アムステルダム」登場人物
「アムステルダム」はモリー・レインという女性が亡くなり、遺された3人の元恋人たちの身に悲劇が起こっていく、というストーリーです。
そのモリー・レインの3人の元恋人たちは
- クライヴ・リンリー:作曲家
- ヴァーノン・ハリディ:新聞の編集長
- ジュリアン・ガーモニー:外務大臣
という華やかな経歴を持つ面々。
「アムステルダム」はこのうちクライヴとヴァーノンを中心に展開していきます。
正確な年齢は書かれていませんが、この5人の登場人物たちはいずれも50代後半だと思われます。
キャリア的に一番高い地位にいる時期ですね。
そんな素晴らしいキャリアを築いてきた3人が転落していく、それがこの「アムステルダム」という話の概要でもあります。
さらに
- ジョージ・レイン:モリー・レインの夫・出版社の社長
- ローズ・ガーモニー:ジュリアン・ガーモニーの妻・医師
という人物が物語を大きく動かします。
他にも登場人物はいますが、ほぼこの5人のみでストーリーは展開します。
<ネタバレあり>写真で狂い始める人生
※ネタバレがあるので、未読の方は飛ばしてください
「アムステルダム」はいわゆる人生の勝ち組だった男性たちが、元恋人が遺した『スキャンダラスな写真』によって堕ちていくという話です。
現代の言葉で言うと「セカンドレイプ」に当たるでしょうか?
『スキャンダラスな写真』をモリーの夫・ジョージが新聞の編集長・ヴァーノンに渡すことで、一気に物語がドロドロしていきます。
作曲家・クレイグとヴァーノンはモリーの元恋人という共通項こそあれど、長い付き合いから親友として交流がありました。
その一方、同じ元恋人である外務大臣・ジュリアンは軽蔑の対象。
そんな大嫌いなジュリアンを今いる地位から追い落とすため、ヴァーノンは『スキャンダラスな写真』を利用しようとします。
しかし、その『スキャンダラスな写真』。
どんなえげつない写真かと思ったのですが「外務大臣の女装姿」というマイルドなものでした。
写真はその内容発表を延ばしているので「よほどマズいものなのだろう」と考えていたので、正体に拍子抜けしてしまいました。
20年以上前のイギリスが舞台なので、2021年の日本とは感覚が違うのかもしれません。
ただ小説では女装批判が徹底的に覆されています。
そのことからも、女装はセンセーショナルなものではあるが批判されるべきものではない、という考えではあったのでしょう。
<ネタバレあり>芸術はモラルよりも価値があるのか?
『スキャンダラスな写真』でジュリアンを追い落とそうとしたヴァーノン。
そんなヴァーノンを激しく非難したクライヴですが、彼自身もモラルに反する行動により後々苦しむことになります。
人間性のヒドさで言えばどっちもどっちです。
また、クライヴに関しては、自らの芸術のために目の前で苦しむ人を犠牲にした、というタチの悪さもあります。
芸術のために犠牲を顧みない、というのは芸術家としては立派なことでしょうがインモラルこのうえないです。
そういう意味では、まだヴァーノンの方がマシかと思えました。
なぜタイトルが「アムステルダム」なのか?
※ネタバレがあるので、未読の方は飛ばしてください
イギリスが舞台の話なのに、なぜタイトルが「アムステルダム」なのか?
それはアムステルダムなら合法的に安楽死ができるからでした。
クライヴとヴァーノンは、病気になったモリーが最期に痴呆状態で何も分からないまま死んでいったことを悔やんでいました。
そして葬儀の後に「どちらかがモリーのように痴呆状態になったら安楽死させてくれ」と約束を交わします。
この時点ではお互いが最高の理解者で親友だった2人。
けれども、ジュリアンの『スキャンダラスな写真』を巡り絶交状態になってしまいます。
最終的には憎み、恨み合ったまま、互いに相手を安楽死によって殺し合うことになりました。
その舞台となったのがオランダの首都・アムステルダム。
イギリスでは安楽死は合法化されていないので、互いのアムステルダムで安楽死を決行したのです。
おそらく「オランダ・アムステルダムでは安楽死が合法化されている」という知識があれば、タイトルの時点で結末が大方予想できたのでしょう。
しかし、わたしはそんなこと全然知らなかったので、2人が死ぬまで「何が何だか・・・」という感じでした。
最後の最後に得をしたのは・・・
互いを安楽死させることにより亡くなったクライヴとヴァーノン。
元恋人のうち、残ったジュリアンも『スキャンダラスな写真』の余波で事実上失脚してしまいます。
その結末で得をしたのはモリーの夫・ジョージでした。
想像通り、いや想像以上に良い結末になったことで、ジョージはモリーの追悼式の計画を始めるのです。
これまでスポットライトが当たることのない端役だと思っていたジョージが、最後の最後に主役になるというのはショッキングでした。
「アムステルダム」はそれまでの喧噪が嘘のように穏やかなラストを迎えます。
スッキリとした情景で幕を閉じるのですが、どうにも後味の悪さが残る小説でした。
美味しいけれど底に粉がたまってザラザラした飲み口のコーヒーのようです。
ただ、それでもこの「アムステルダム」は引き込まれるほどに面白いのは確かです。