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「日没」桐野夏生 架空であってほしい怖すぎる日本を描くホラー小説

日没 桐野夏生 イメージ 小説
Dimitris VetsikasによるPixabayからの画像

桐野夏生さんの小説「日没」の感想です。

肉体的、そして精神的な自由を奪われた小説家の戦いを描いたホラー小説です。

『良い小説』を書くための更生とは。

フィクションでありながら遠い世界の話とは思えない、とにかく怖い小説でした。

「日没」基本情報
  • 作者:桐野夏生
  • 対象:高校生以上
    • 性的な描写あり
    • グロテスクな描写あり
  • 2020年9月に岩波書店より刊行
    • 2023年10月にペーパーバック版が刊行

わたし個人としては楽しみましたが『ホラー』や『グロテスクな描写』が苦手な方にはオススメできません。

「日没」について

「日没」は桐野夏生さんの小説です。

あらすじをご紹介したいところですが、まず注意から。

この「日没」、軽い気持ちで読み始めたところ、あまりの怖さに就寝中うなされました・・・。

寒い時期に向いていない、体の芯から恐怖に震える小説です。

怖い小説・ホラーが苦手な方には本当にオススメできません。

いろいろな怖い小説を読み慣れている方にはとてもオススメします。

では、そんな「日没」のあらすじを掲載します。

あなたの書いたものは、良い小説ですか、悪い小説ですか。

小説家・マッツ夢井のもとに届いた一通の手紙。それは「文化文芸倫理向上委員会」と名乗る政府組織からの召喚状だった。出頭先に向かった彼女は、断崖に建つ海辺の療養所へと収容される。「社会に適応した小説」を書けと命ずる所長。終わりの見えない軟禁の悪夢。「更生」との孤独な闘いの行く末は――。

日没―Amazon.co.jp

主人公はマッツ夢井というペンネームの小説家。

本名は松重カンナ、女性で年齢は40代前半です。

「日没」はマッツ夢井のもとに政府組織『文化文芸倫理向上委員会』から召喚状が届くところから始まります。

聞き覚えのない組織からの心当たりのない召喚状。

マッツ夢井は怪しみつつも、政府組織からの召喚状ということもあり素直に従うことに。

そうして悪夢が始まります。

「日没」感想・あらすじ

「日没」のネタバレなし感想・あらすじです。

怖すぎるSFホラー

「日没」は現代の日本を舞台としたホラー小説です。

ただ『現代の日本』と言っても、わたしたちが生きる世界とは少々違う部分があるためSF要素もあります。

その少々違う部分が恐ろしいポイント。

「日没」の世界には『文化文芸倫理向上委員会(通称・ブンリン)』という政府機関が存在します。

この『文化文芸倫理向上委員会』から召喚されてしまった主人公・マッツ夢井は、療養所とは名ばかりの収容所へ閉じ込められてしまいます。

収監の理由は『著書の内容に対し、読者からクレームが寄せられた』から。

そのクレームとは、性犯罪や暴力を題材にした内容が不快だった、というものでした。

クレームを受けた俗悪な小説スタイルを見直し、問題点を改善するための収監。

つまり良いことだけを書く小説家となるために更生させる、という措置だったのです。

もう設定が怖すぎます・・・。

小説内でマッツ夢井も訴えますが、これは「言論の自由」の侵害です。

憲法21条では

21条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
 2 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

としっかり保障されています。

「日没」が描く世界では、この「言論の自由」がいつの間にかサラッと改悪され、作家など表現者が次々と療養所に収監されるディストピアとなっていました。

今の日本に住むわたしたちにとって、この「日没」の設定はあくまでフィクションです。

けれども、将来「日没」の『文化文芸倫理向上委員会』のような組織が現れないとは言い切れません。

フィクションと笑い飛ばせない設定と展開が、この「日没」の最も怖い部分だと思います。


「言論の自由」を守るために戦う、という小説では有川浩さんの「図書館戦争」シリーズも有名ですね。

楽しくハートフルな内容を求める方は「図書館戦争」シリーズをオススメします。

権力に抗う主人公

「日没」のマッツ夢井は、療養所による更生に必死で抗う主人公です。

男性相手にもひるまず、果敢に自分の意志を貫こうとし続けます。

ただ、状況が状況なので仕方がないかもしませんが、感情的になり事態を悪化させてしまうこともしばしば。

読者からすると「もっと冷静になってほしい」という思いです。

しかし、彼女が権力に簡単に屈する人間だったらそもそも小説の主人公にはなっていない、ということでしょう。

ただ、強さも見せる一方で、案外もろい一面も。

圧倒的な暴力を前にすれば、当然ひるみます。

『文化文芸倫理向上委員会』がいう更生に屈しないと思っている一方で、彼らの顔色をうかがうようにもなっていく彼女。

そんな生身の人間らしいマッツ夢井の奮闘は、自然と応援したくなる主人公像だったと思います。

そもそも、この「日没」ではマッツ夢井の他に人間味あふれる人物がいません。

自然と彼女に感情移入するしかない、ということでもあります。

一応、彼女をサポートする人間もいるにはいましたが、最後まで真意が分からず不気味なままでした。

精神的に抉られる描写の数々

「日没」で描かれる療養所の描写は、読者の精神を抉ることこの上ありません。

主人公・マッツ夢井に対する精神攻撃ですが、彼女の視点で描かれるため読者も一緒になってダメージを受けます。

精神的に疲れているときには読まないほうが良いと思います、本当に。

更生に抗い続けるマッツ夢井は療養所の地獄を目の当たりにし、そして自身もその渦中に置かれることとなります。

この収監された人たちへの徹底的な攻撃は読むに堪えないハードさ。

地味に辛いものばかりでリアリティを感じます。

また、小説の構造的に、ささやかな希望と絶対的な絶望が交互に訪れるのも(良い意味で)最悪でした。

なぜ少し希望を見せた後に、絶望に突き落とすのでしょう・・・。

ネタバレになるので書けませんが、あのラストには言葉を失いました。

正直、混乱しましたが、考え直すと腑に落ちました。

重い、のはもちろんですが、精神をザクザク抉ってくる、非常にアグレッシブな小説でした。


読み返すと、冒頭から不穏ですし、すべてが不気味です。

マッツ夢井の身に降りかかった出来事や知った事実はどこまでが真実でどこからが虚構だったのか。

特に彼女が伝え聞いた事柄はどこまでが真実だったのかは、考えれば考えるほど混乱してきます。

もしかしたら彼女が伝えられていたことはすべて嘘だったのかもしれない、と考えると余計に怖くなります。

直接的な暴力描写はもちろん、できるだけ想像しないようにしながら読んだ場面が満載の小説です。

ここまで「日没」の感想でした。

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