京極夏彦さんのミステリー小説「魍魎の匣(もうりょうのはこ)」の感想です。
京極堂こと探偵・中禅寺秋彦が活躍する百鬼夜行シリーズの2作目。
バラバラ殺人と少女誘拐事件、霊能者など、複雑に絡み合った『箱』にまつわる謎たち。
いくつもの謎が1つ1つ解明されていくさまは圧巻です。
- 作者:京極夏彦
- 対象:中学生以上
- 性的な描写ややあり
- グロテスクな描写あり
- 1995年1月に講談社ノベルズより刊行
- 1999年9月に文庫化
- 2007年に実写映画化
- 2008年にテレビアニメ化
- 百鬼夜行シリーズの2作目
- 第49回日本推理作家協会賞・受賞
「魍魎の匣」について
「魍魎の匣(もうりょうのはこ)」は京極夏彦さんのミステリー小説です。
百鬼夜行シリーズの2作目。
前作「姑獲鳥の夏」からおよそ9カ月後に刊行された続編となります。
「姑獲鳥の夏」から1年も経たずに、この「魍魎の匣」を世に出しているのは、もはや衝撃を通り越して恐怖を感じます。意味が分かりません。
「姑獲鳥の夏」に引き続き、探偵・中禅寺秋彦とその仲間たち?が活躍します。
そんな「魍魎の匣」のあらすじを掲載します。
箱を祀る奇妙な霊能者。箱詰めにされた少女達の四肢。そして巨大な箱型の建物――箱を巡る虚妄が美少女転落事件とバラバラ殺人を結ぶ。探偵・榎木津、文士・関口、刑事・木場らがみな事件に関わり京極堂の元へ。果たして憑物(つきもの)は落とせるのか!?日本推理作家協会賞に輝いた超絶ミステリ、妖怪シリーズ第2弾。
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「魍魎の匣」は何者かによって書かれた物語のような文章から始まります。
どこか幻想的な内容と古めかしい文体。
その夢の中の文章のあと、楠本頼子という中学生の少女の視点を客観的に書いた文章が続きます。
頼子と親友である柚木加菜子の甘酸っぱい日々が描かれていきます。
頼子のストーリーは冒頭の物語よりは現実的ですが、やはりどこか夢見心地な文体です。
そんな頼子のフワフワしたストーリーは唐突に終了。
頼子の親友・加菜子が、頼子の目の前で電車に撥ねられたところで物語は現実に引き戻されます。
物語は、前作「姑獲鳥の夏」にも登場した刑事・木場修太郎の視点に引き継がれます。
前作でもパワフルな活躍をした木場ですが、この「魍魎の匣」ではほぼ主人公として活躍します。
わたしが持っている「魍魎の匣」は文庫版で、1000ページ超え。
本の厚みは4cmを超え、片手で持って読むにはやや重めの重量感となっています。
この「魍魎の匣」は『箱』がテーマの1つですが、もはや文庫が箱です。
そんな大ボリュームの「魍魎の匣」ですが、話は面白いのでやはりすらすら読めます。
ちなみに、この後も百鬼夜行シリーズは続きますが、2000ページ超えもあるのでまだまだこの程度の長さは序の口と言えますね!
【ネタバレなし】「魍魎の匣」感想
「魍魎の匣」のネタバレなし感想です。
ストーリーのあらすじなどは書いていません。
語り手・木場修太郎の安心感
「魍魎の匣」は、前作「姑獲鳥の夏」に引き続き小説家・関口巽が語り手を努めます。
そしてもう1人、前作から登場している刑事・木場修太郎も語り手として参加。
関口と木場、2人が交互に事件を語っていくことで、物語は進んでいきます。
関口と木場が見る世界は、最初こそは違ったものの、徐々に同じ方向、同じものを見ていくようになります。
その2人が見る世界を結ぶ存在となるのが、探偵である中禅寺秋彦となります。
2人の視点と自身が持つ知識により、中禅寺はこの非常に複雑な事件を1つ1つ紐解いていくになります。
そんな今回から語り手になった木場は、この『百鬼夜行シリーズ』のメインキャラクターにおいて、もっともまともで、読者にとって共感しやすい人物と言えます。
見た目こそ厳ついものの、繊細な心と強い正義感を持つ木場。
不器用で誤解されやすいですが、実直で嘘をつかない、誰よりも信頼に値します。
読者にとって一番親しみやすい人物、それが木場です。
わたしが個人的に一番好感を持っているキャラクターでもあります。
そんな木場の語りは、本人の性格通り、真っ直ぐで簡潔。
関口の語りと比べて正確です。
関口は「姑獲鳥の夏」に続いて信用できません。
そのため非常に読みやすく、安心感がありました。
ミステリー小説における探偵の助手役は刑事、というパターンは多いですが、木場はこの「魍魎の匣」から助手役の1人としても活躍することになります。
中学生の少女はそれだけで怪異
「魍魎の匣」では、関口、木場の他に楠本頼子という14才の少女の視点でも物語が進んでいきます。
目の前で親友の加菜子が電車にはねられるところを目撃した頼子。
もともと家庭環境に不和を抱えていた頼子ですが、その事件を機に家庭も、頼子自身も悪い方向へ変わっていってしまいます。
その崩壊の様子は、現代にも通じる怖さを感じました。
未婚であり激しい恋愛遍歴を持ち度々相手を変える母親、無理に入学したお嬢様学校での孤立、そんな学校で唯一仲良くなってくれた特別な美少女への崇拝。
70年前が舞台であるはずなのに、内容は現代と変わりません。
中学生の女の子の厄介さが描かれているのも、この「魍魎の匣」の特徴と言えます。
わたし自身、中学生の少女だった時代があるため、10代半ばの少女の面倒くささは身に染みて理解できます。
京極夏彦さんは『百鬼夜行シリーズ』の未来の話として『ルー=ガルー』という中学生の少女が主人公の小説も手がけていますが、少女の厄介さを描くのがなぜか上手いですよね。
中学生の少女は、中学生の少女以外の人から見るとそれだけで怪異のような存在です。
また「姑獲鳥の夏」と同様に「魍魎の匣」では女性の性被害について取り上げています。
思春期や思春期以前に受けた性被害が、女性の人生にどのような影響を与えるのか。
女性たちに取り憑いた『魍魎』とは何だったのか。
そんなことを考えながら読むと、人ごとではないと思わされました。
この結末はハッピーエンドなのか?
「魍魎の匣」の結末について。
絡み合った謎は全て解決し、大団円を迎え、物語は終結します。
終結しますが、ラストに凄まじい爆弾を投下して終わらせるので、読後にしばらく考えてしまいました。
この「魍魎の匣」はある意味、事件の関係者全員にとってハッピーエンドだったのではないか?と。
もちろん、無残に命を奪われた被害者たちにとってはハッピーエンドとは口が裂けても言えません。
家族を奪われた人たちもいます。
けれども、事件に関わり、特に加害者となった人たちにとっては全て丸く収まってしまったハッピーエンドだったのではないか、と思いました。
キレイに、すっきり片付きすぎているのが、読後の喪失感を深めているような感じがしました。
特にラストの『目撃情報』の衝撃は凄まじく、その後の人生に思いを馳せずにはいられませんでした。
どんな結末を迎えても、どんな状況でも、人は幸せを得られる。
そんな救いのような呪いのような感覚に陥りました。
ここまで「魍魎の匣」の感想でした。
ここからはネタバレありで「魍魎の匣」を語っていきます。
未読の方はご注意ください。
【ネタバレあり】「魍魎の匣」の時系列まとめ
自力で「魍魎の匣」の時系列をまとめてみました。
間違っている部分もあるかと思いますので、ご了承ください。
- 1952年8月16日柚木加菜子が電車にはねられる
- 8月29日最初のバラバラ遺体が発見される
(柚木加菜子の腕)
- 8月30日関口が久保竣工と出版社で出会う
関口が鳥口・敦子と相模湖へ行き、木場と遭遇バラバラ遺体(柚木加菜子の両脚)が相模湖で発見される
- 8月31日柚木加菜子が誘拐される
その直後に加菜子を連れた雨宮を久保が目撃した
この県の責任を取り、木場が謹慎を受ける - 9月22日鳥口が中禅寺に御筥様について相談する
- 9月24日木場の謹慎が解ける
中禅寺の家で鳥口たちが話し合っているところに木場が現れる - 9月25日関口・榎木津が喫茶店で頼子・久保と出会う
その直後、楠本君枝の命を救う - 9月27日楠本頼子(4人目の被害者)の腕が発見される
- 9月28日中禅寺秋彦が寺田兵衛の憑物落としを行う
- 9月29日青木が久保の家を尋ね、襲われる
- 10月1日久保の両腕・両脚が発見される
中禅寺が美馬坂研究所へ行き、最後の憑物落としをする※劇中に『総選挙が行われている』との記述があり、調べたところ同日に第25回衆議院議員選挙が行われていた
- 10月9日島根にて加菜子を連れた雨宮の目撃情報あり
10月14日に関口が中禅寺を訪ねた際に伊佐間から聞く
なんとか時系列をまとめてみましたが、こうしてみると分かりやすくまとめられた気がします。
時系列をまとめると「魍魎の匣」のストーリーは時系列通りに進んでいくことが分かります。
10年前に読んだときは「時間の流れがぐちゃぐちゃで分かりにくい」と思っていましたが、それは途中で挟まれる回想シーンに混乱していたからだと、今回読み返して気がつきました。
「魍魎の匣」の全ての始まりである柚木加菜子の電車事故から、最後の研究所での憑物落としまで、ちょうど1ヶ月半は時間通りにストーリーが並んでいます。
ただ、合間合間に謎の小説(久保竣工の小説)が挟まれたり、柚木陽子の手紙が挟まれたりするため、10年前のわたしは少し混乱していたのだと思います。
一度最後まで読み、また冒頭から読み始めると、久保の『きっかけ』があまりにも強烈に感じました。
また、この「魍魎の匣」の影の主人公は雨宮だったのだとも思います。