京極夏彦さんのミステリー小説「姑獲鳥(うぶめ)の夏」の感想です。
『京極堂』こと中禅寺秋彦を探偵とするシリーズの第一作にして、京極夏彦さんのデビュー作です。
20カ月妊娠を続ける女性と、密室から消えた男性、次々と消える新生児。
その全ての謎が1つにつながったときに訪れる衝撃の結末は必見です。
- 作者:京極夏彦
- 対象:中学生~
- 性的な描写あり
- グロテスクな描写あり
- 1994年4月に講談社より刊行
- 1998年9月に講談社文庫が刊行
- 2005年に実写映画化
- 2013年には漫画版も登場
- 百鬼夜行シリーズの1作目
「姑獲鳥の夏」について
「姑獲鳥の夏」は京極夏彦さんのミステリー小説です。
初版は1994年刊行なので、ことしで30周年を迎えたこの「姑獲鳥の夏」。
記念すべき年に読み返すことになり、とても感慨深いです。
そんな「姑獲鳥の夏」のあらすじを掲載します。
この世には不思議なことなど何もないのだよ――古本屋にして陰陽師(おんみょうじ)が憑物を落とし事件を解きほぐす人気シリーズ第1弾。東京・雑司ヶ谷(ぞうしがや)の医院に奇怪な噂が流れる。娘は20箇月も身籠ったままで、その夫は密室から失踪したという。文士・関口や探偵・榎木津(えのきづ)らの推理を超え噂は意外な結末へ。京極堂、文庫初登場!
姑獲鳥の夏―Amazon.co.jp
舞台は昭和27(1952)年の東京。
物語は小説家・関口巽の視点から描かれます。
小説家だけでは生活ができない関口は、真偽不明のオカルトなどが掲載された怪しい雑誌(カストリ雑誌)などへの寄稿で何とか生計を立てていました。
そんな関口はある日、大学時代からの友人である古書堂の店主・京極堂こと中禅寺秋彦を訪ねます。
冷静沈着で博識な中禅寺。
そんな彼に関口は「人は、20カ月もの間、妊娠し続けられるのか」と尋ねます。
その質問を契機に、関口と中禅寺は、20カ月も妊娠し続けた女性がいる雑司ヶ谷の病院で起こる事件に巻き込まれていくことになります。
10年ぶりに「姑獲鳥の夏」を読み返してみると
わたしがこの「姑獲鳥の夏」を読み返すのは約10年ぶり。
当時、あまりの面白さに「姑獲鳥の夏」を第一作とする『百鬼夜行シリーズ』を全巻買いそろえたほどでした。
結果、わたしはシリーズにどっぷりハマり、買い集めた文庫たちは今でも本棚を圧迫し続けています。
『百鬼夜行シリーズ』にハマってから10年弱。
昨年2023年9月に新作である「鵼の碑(ぬえのいしぶみ)」が刊行されました。
この「鵼の碑」を万全の状態で読むため、わたしは1作目である「姑獲鳥の夏」から読み直すことを決めました。
「姑獲鳥の夏」は本編だけでも600ページ以上あります。
シリーズを重ねるごとにページ数はどんどん増えます。
しかし、面白いのであっという間に読めてしまうので今年度中には全部読み終わるでしょう。
10年ぶりに読んでみると、ハッキリ覚えているところと、全く覚えていないところに分かれ、逆に新鮮でした。
さすがに10年前よりは多少利口にもなったので、より理解が深まったと思います。
【ネタバレなし】「姑獲鳥の夏」感想・あらすじ
「姑獲鳥の夏」のネタバレなし感想・あらすじです。
妖怪・怪異をあくまで現実的に解決
「姑獲鳥の夏」を初めとする『百鬼夜行シリーズ』は、一見すると妖怪・怪異」などが関わる超常現象のような事件を現実的に解決していく、というミステリーです。
「姑獲鳥の夏」では、20カ月もの間妊娠し続ける女性や、密室の中から忽然と姿を消した男性、といった不可解な現象に探偵役・中禅寺秋彦が挑みます。
挑むといっても、中禅寺秋彦が積極的に事件に関わるのは事件解決の場、いわゆる憑物(つきもの)落としのときだけ。
解決のときまでは、関口や妹の敦子から聞いた事件の様子をただ聞いているだけの安楽椅子探偵です。
それでも圧倒的な知識量と洞察力から、複雑に絡み合った事件の全貌を1つ1つ解き明かしていきます。
ミステリーにおける謎解きシーンは小説を読む上で至上の快感の1つですが、この『百鬼夜行シリーズ』における謎解きシーンの快感はそのなかでも最高峰。
あまりにもキレイに解決していく様はミステリーを読む快感を全て満たしてくれます。
現実と非現実の狭間と圧巻の説得力
妖怪・怪異に対して現実的な解決をしていくのが『百鬼夜行シリーズ』の醍醐味。
けれども、この『百鬼夜行シリーズ』は全てが全て現実的であり、科学的であるわけではないのも特徴です。
その非現実の象徴とも言えるのが、探偵・榎木津。
相手の過去の思念が読み取れる、といった超能力とも言える力を持つ榎木津はその能力を活かし?て探偵をしています。
科学では証明できない存在ではありますが、それでも中禅寺はその能力すらも論理的に説明してしまうので、すんなりと受け入れてしまう自分がいます。
また、この「姑獲鳥の夏」の真相も、現実的に考えればあり得ないとけれど、それでもギリギリありそう、といった絶妙なラインを攻めています。
読後に冷静に考えると「いや、さすがに無理では?」と思うのですが、あまりにも説明が巧みなので読んでいる間は普通に信じて、納得してしまうのも事実です。
『この世に不思議なものなど何もない』は中禅寺秋彦の言葉ですが、この『百鬼夜行シリーズ』を読んでいる間はその暗示をかけられ続けているような感覚に浸れます。
とにかく信用できない語り手・関口
ミステリー小説において語り手はとても重要な存在です。
読者と同じ目線から事件を追うことで、臨場感を出したり、共感しやすくしたりする語り手。
事件の背景などを登場人物として詳しく説明してくれる、という重要な役割もあります。
語り手の感情や考え方によって事件の見え方が変わる場合もありますが、それはけっこう稀なケース。
けれども、この「姑獲鳥の夏」の語り手である関口巽はミステリー小説の語り手史上、後にも先にも、ここまで信用できない語り手はいないであろう希有な存在です。
関口は信用できません。いや、信用してはいけません。
悪い人ではないですが、どうしようもない人ではあります。
※「姑獲鳥の夏」では関口巽のみが語り手ですが、あまりにも信用がない?ためか、後の『百鬼夜行シリーズ』では他のキャラクターが語り手を担当する章もあります。
語り手の原則はあくまで中立であること。
ただ「姑獲鳥の夏」は、ある意味、関口巽も事件の関係者側であり、探偵・中禅寺秋彦に暴かれる側と考えれば、絶対中立の原則も崩れますね。
(語り手が有名なミステリーだとアガサ・クリスティー「アクロイド殺し」が有名ですね。)
1つの長編として完成された「姑獲鳥の夏」ですが、この先とても長くつづくシリーズの1作目と考えれば、この作品は登場人物たちのお披露目とも言えます。
関口や中禅寺、榎木津、敦子、木場などこれからも登場し続けるキャラクターたちの人となりを紹介する作品とも言えます。
とにかくボリュームたっぷりですが、読書の楽しさを広げたくれたこの「姑獲鳥の夏」はぜひともオススメです。