京極夏彦さんのミステリー小説「狂骨の夢」の感想です。
京極堂こと探偵・中禅寺が活躍する百鬼夜行シリーズ第3弾。
海に浮かぶ金色の髑髏(どくろ)に生首、首なし死体が続々登場する猟奇殺人事件の真実とは?
- 作者:京極夏彦
- 対象:中学生以上
- 性的な描写:ややあり
- グロテスクな描写:あり
- 1995年8月に講談社より刊行
- 2000年9月に文庫化
「狂骨の夢」について
「狂骨の夢」は京極夏彦さんのミステリー小説です。
百鬼夜行シリーズの3作目。
シリーズはここからどんどん加速していきます。
まずは、そんな「狂骨の夢」のあらすじを掲載します。
夫を4度殺した女、朱美(あけみ)。極度の強迫観念に脅える元精神科医、降旗(ふるはた)。神を信じ得ぬ牧師、白丘。夢と現実(うつつ)の縺(もつ)れに悩む3人の前に怪事件が続発する。海に漂う金色の髑髏(どくろ)、山中での集団自決。遊民・伊佐間、文士・関口、刑事・木場らも見守るなか、京極堂は憑物を落とせるのか?著者会心のシリーズ第3弾。
狂骨の夢―Amazon.co.jp
「狂骨の夢」は前作(2作目)の「魍魎の匣」の約2カ月後。昭和27年11月下旬から始まります。
1作目「姑獲鳥の夏」は昭和27年7月の話なので、半年も経っていないのですね。
逗子の海岸で釣りをしているときに朱美と名乗る女性と出会った伊佐間。
亡くなっているはずの前の夫を3回殺した、という告白を牧師・白岡とともに聞いた降旗。
そして、前作に登場したある人物の葬儀に出席した関口。
その葬儀で関口は、大御所小説家である宇田川崇から自身の妻について相談を持ちかけられます。
その3つの出来事が絡み合い、次第に1つの事件へとつながっていきます。
物語の舞台は神奈川県の逗子。
雑司ヶ谷の閑静な住宅地(姑獲鳥の夏)や、相模原の山中(魍魎の匣)を経て、3作目は海辺が舞台となります。
しかし、海は海でも晩秋から冬にかけてなので、なんとも寒々しい印象でした。
「狂骨の夢」はなぜ映像化しないのか?
「狂骨の夢」は大人気シリーズの3作目。
前作・前々作はともに実写映画化され、2作目はアニメ化もされています。
しかしこの「狂骨の夢」は映像化されていません。
人気シリーズなのになぜ?と思いましたが、その理由は読めば明らか。
「狂骨の夢」は映像化不可能な小説です。
小説だからこそ、この謎は成立します。
映像がない、文だけだからこそミステリーが成り立つため、映像化は不可能でしょう。
したがって、この「狂骨の夢」を楽しめるのは小説だけ!です。
※コミカライズ版は刊行されています。
「狂骨の夢」感想・あらすじ
「狂骨の夢」の感想・あらすじです。
ややネタバレがあるので、未読の方はご注意ください。
新たな語り手が登場
「狂骨の夢」では、前2作で語り手だった関口巽と2作目から語り手になった木場に加え、
- 釣り堀の主人・伊佐間一成
- 精神科医・降旗弘
という2人が語り手に追加。
伊佐間は「魍魎の匣」にも少し登場しましたが、降旗は初登場。
相変わらずオドオドしている関口と正義感あふれる木場、常に飄々としている伊佐間、冷静ながら悶々としている降旗、という三者三様の語りから、物語は徐々に形作られていきます。
また、事件の中心にいる『朱美』の内面も描かれます。
「狂骨の夢」の面白い部分は、語り手ごとに違う事件に関わっていくものの、最終的には同じ結末に辿り着くところです。
同じものを見ているのに、関口・木場・伊佐間・降旗それぞれによって全く違うものに見えてしまう。
その語り口の絶妙さに惚れ惚れしました。
医療・人体から精神・宗教へ
「狂骨の夢」は前2作である「姑獲鳥の夏」、「魍魎の匣」とは毛色の違う小説です。
「姑獲鳥の夏」と「魍魎の匣」が医療や人体について掘り下げたストーリーなら、「狂骨の夢」は精神・宗教にどっぷり浸ったストーリー。
前2作でも特定の宗教を掘り下げていましたが、どちらかというとサブテーマでした。
しかし「狂骨の夢」はがっつり宗教、そして人間の精神・心理の不思議やあやふやさを取り上げています。
そして、この「狂骨の夢」から百鬼夜行シリーズは宗教方面の掘り下げをメインに舵を切っていきます。
ほぼ10年ぶりに読み返したのですが、ストーリーをほぼ忘れていました。
そのため、初めて読んだ感覚で読み進めることができ、とても面白かったです。
個人的に嬉しかったのは、前作「魍魎の匣」で活躍?した石井警部が本当に活躍したことです。
ちょっとアレですが、石井警部は悪い人ではないので報われて良かったと思います。
ここまで「狂骨の夢」の感想でした。
↓にはネタバレありの感想を書いていこうと思います。
ここからは「狂骨の夢」ネタバレありの感想です。
【ネタバレあり】「狂骨の夢」の感想
「狂骨の夢」のネタバレあり感想です。
11月末~12月半ばの約半月
「狂骨の夢」は昭和27(1952)年の11月末から12月中旬にかけての物語。
ただ、事件の始まりは同じ年の9月から始まっているので、前作「魍魎の匣」と時期が被っていますね。
語り手ごとの時期を並べると、
- 11月下旬ごろ:降旗・白丘のもとに『朱美』が訪ねてくる
- 12月1日(おそらく):伊佐間が『朱美』を出会い、家で看病を受ける
- 12月1日:関口が久保竣工の葬儀に出席し、宇田川崇から相談を受ける
- 12月2日:木場が新聞で生首事件の記事を読む
となります。
ここから
- 12月4日:『朱美』が夫・宇田川崇の殺害容疑で逮捕される
- 12月7日:関口・木原が中禅寺を訪ねる
- 12月10日:『朱美』の精神鑑定の結果が出る
ということが起こり、中禅寺による謎解き、事件解決までは2週間ほど。
発端となる事件などが数年前なのでもっと時間が経っているように思いますが、読み返すと短いスパンで事件が立て続けに起きていることが分かりますね。
複数の事件が1つにつながる
「狂骨の夢」では
- 金色髑髏事件
- 逗子湾生首事件
- 二子山の集団自殺事件
- 宇田川崇殺害事件
という同時期に発生した4つの事件が描かれていきます。
さらに、8年前の
- 佐田申義殺害事件
- 朱美と揉み合った民江の行方
はもちろん、関東大震災も絡み合い1つの事件になっているという、何とも複雑な様相です。
「狂骨の夢」の時代である昭和27(1952)年は、関東大震災(1923年9月1日)の29年後。
わたしにとっては大昔の震災ですが、百鬼夜行シリーズの時代ではそこまで遠い過去ではないのですね。
『朱美』という女性
『宇田川朱美』と『佐田朱美』は別の人物であり、宇田川朱美=宗像民江だった、というのが「狂骨の夢」の核となる部分でした。
しかし、この『宇田川朱美=宗像民江』というのは、冒頭から仄めかされているため予想は付きます。
また、伊佐間が出会ったのは『佐田朱美(一瀬夫人)』であり、降旗が出会ったのは『宇田川朱美(民江)』であった、というのがややこしいポイント。
同じ年頃の女性が2人。
文章のみで描かれていくため、2人が別人であることに簡単には気付けないのがミソでしたね。