京極夏彦さんの短編集「定本 百鬼夜行―陽」の感想です。
憑物落とし・中禅寺秋彦が登場する『百鬼夜行シリーズ』のサイドストーリー・前日譚をまとめた短篇集第2弾。
長編と合わせて読むべき10編です。
- 作者:京極夏彦
- 対象:中学生~
- 性的な描写あり
- グロテスクな描写ややあり
- 2012年3月に文藝春秋社より刊行
- 2015年1月に文庫化
「定本 百鬼夜行―陽」について
「定本 百鬼夜行―陽」は京極夏彦さんの短篇集です。
『百鬼夜行シリーズ』の短篇5作目にして、「百鬼夜行―陰」の続編にあたる小説となります。
まずは、そんな「定本 百鬼夜行―陽」のあらすじを掲載します。
名作『百鬼夜行 陰』続篇、待望の初文庫
京極堂シリーズを彩る男たち、女たち。彼らの過去と因縁を「妖しのもの」として物語るスピンオフ・ストーリーズ第二弾。初の文庫化。
「定本 百鬼夜行―陽」―Amazon.co.jp
「定本 百鬼夜行―陽」は、「定本 百鬼夜行―陽」が刊行されるまでに刊行された長編9作と、刊行後に刊行された長編「鵼の碑」に登場するキャラクターたちのサイドストーリーとなります。
事件に深く関わった人物たちの前日譚。
さらに、事件の背景で何を考えていたのか描かれるサイドストーリーが描かれます。
長編と合わせて読むべきスピンオフですね。
「定本 百鬼夜行―陽」各話感想・あらすじ
「定本 百鬼夜行―陽」の各話感想とあらすじです。
青行燈(あおあんどん)
『青行燈』は昭和28年秋、長編8作目「陰摩羅鬼の瑕」の後日譚です。
語り手は「陰摩羅鬼の瑕」に登場した由良伯爵家の財産管理を行う由良奉賛会の監査役・平田謙三。
伯爵の大叔父である由良胤篤のもとで働いている男性で、事件の後は由良家の財産を処分するため奮闘しています。
膨大な蔵書の処分のため、憑物落としとして活躍する古書肆・中禅寺秋彦も登場します。
古書肆が10数人いても売りさばけないほどの数の個人蔵書。
想像しただけで胸が躍りますが、興味も価値もなければ紙くず同然です。
また、伯爵家のお屋敷にあった鳥の剥製もほとんどが処分されてしまったという事実が少し哀しかったです。
蔵書の検分の最中、中禅寺は平田に過去の由良家の当主が書き残した記録、古文書を渡します。
個人の記録は売り物にならないためです。
古文書は由良家の血を引く由良胤篤のもとへ送られ、後日、平田がその胤篤に呼び出されます。
そこで奇妙なやり取りが交わされることに。
伯爵の大叔父・胤篤は聖人君子ではないものの、良い人ではありました。
「陰摩羅鬼の瑕」の時点では猛々しい雰囲気でしたが、事件後であるこの『青行燈』ではすっかり弱ってしまっているのが可哀相でした。
大首(おおくび)
『大首』は昭和28年夏、長編8作目「陰摩羅鬼の瑕」のサイドストーリーです。
語り手は、事件の捜査を担当した刑事・大鷹篤志。
大鷹の過去や「陰摩羅鬼の瑕」のときに裏でしていたこと、さらに9作目「邪魅の雫」へとつながるきっかけが描かれています。
この百鬼夜行シリーズの中では、珍しい直接的な性描写が出てきました。
そのうえ、背徳的な状況で、なかなかの気持ち悪さです。
大鷹は9作目「邪魅の雫」にも登場しますが、「邪魅の雫」に登場した大鷹と、この『大首』に登場する大鷹はある意味別人。
「邪魅の雫」での気味の悪さすら感じる支離滅裂さになった原因が描かれています。
屏風闚(びょうぶのぞき)
『屏風覗』は昭和28年春、長編5作目「絡新婦の理」に登場する多田マキが主人公のストーリーです。
多田マキは、同作に登場する連続目潰し魔の殺害現場となった連れ込み旅館の女主人。
この『屏風覗』では、そんな多田マキの波瀾万丈な過去が語られます。
その過去は、短編にするにはもったいがないほどドラマティックでした。
裕福だった子ども時代から、家が傾いた少女時代。
一家離散を経て、強く、たくましく生き抜いた女性の一代記です。
なんだか強すぎて、読んでいてただただ圧倒されてしまいました。
そんな彼女が幼い頃に犯した、屏風にまつわるある罪を思い返す話しでもあります。
鬼童(きどう)
『鬼童』は長編9作目「邪魅の雫」に登場する江藤徹也が主観のストーリー。
「邪魅の雫」の前日譚のような話となっています。
はじまった瞬間から狂気にあふれています。
死にそうな母親を目の前にし、変化を恐れ、何も行動を起こさない江藤徹也。
ふつうの人にもその感覚は理解できるかもしれませんが、本当にそのまま放置し、死に至らしめてしまいます。
その淡々とした感情、冷めた目線は、ホラーチックで恐ろしかったです。
一人だけ、生きている空間が違っている。
そんな江藤徹也だけ異様に浮かび上がっているような感覚を、読んでいて覚えます。
ここから「邪魅の雫」につながっていくのか、と思うといろいろと納得できるような感じでした。
青鷺火(あおさぎのひ)
『青鷺火』は長編3作目「狂骨の夢」に登場する小説家・宇田川崇の視点で描かれるストーリー。
時代は『百鬼夜行シリーズ』がはじまる10年ほど前の昭和19年10月。
太平洋戦争まっただ中、小説家でありながら自分の好きなように小説が書けないもどかしさを抱え、逃げるように疎開をした宇田川。
その疎開先で宗吉という老人から、妻が亡くなったときアオサギとなって飛んで行った、という不思議な話を聞きます。
話を聞いた宇田川が思い出したのは、若くして亡くなった妻のことでした。
前日譚として「狂骨の夢」へと続く結末にゾクゾクしました。
墓の火(はかのひ)
『墓の火』は長編10作目「鵼の碑」の前日譚です。
昭和28(1953)年初秋の出来事となります。
「鵼の碑」はこの短編が書かれた時点では刊行前。
わたしもまだ読んでいないので、何とも言えません。
語り手は寒川秀巳という薬剤師。
寒川は父の転落死について真相を知るべく栃木県・日光を訪れます。
昭和9年に日光で調査をしていた父親はなぜ調査には不自然な時間帯に崖から転落したのか。
そんな中、寒川は父親と同じ19年前に両親が殺害された笹村市雄という人物と出会います。
何らかの不正を追っていたという笹村の父。
その殺害された笹村の父親がメモに遺していたのが『寒川』という人名だったことで、2人はつながります。
そして、地元の寛作翁の案内のもと、寒川の父親が亡くなった現地へ向かう寒川と笹村。
そこで3人は石碑を見つけることに。
ここから、どう「鵼の碑」へつながるのか気になりますね。
青女房(あおにょうぼう)
『青女房』は長編2作目「魍魎の匣」に登場する寺田兵衛のストーリーです。
「魍魎の匣」を読んでいても、寺田兵衛という名前にすぐピンとくる方は少ないと思います。
寺田兵衛は久保竣公の父親であり、のちに新興宗教である御筥様(おんばこさま)の教主となる人物です。
昭和21年、戦地から帰還する復員船にて、家族について思い返す寺田。
木工製作所を営み腕の良い職人だった祖父、腕が悪く調子が良いだけだった父、そして人付き合いが苦手な寺田。
寺田は鉄工所に勤めていたものの、人手が足りなくなり木工製作所を継ぐことになり、結婚、子どもができます。
取り巻く環境が大きく変わっても、寺田自身は他人にも自分にも興味がなく、ただただ無関心。
そして、ひたすら箱を作り続けるようになります。
自分の過去なのに、他人のことを語るように淡々としているのが相当怖いです。
「魍魎の匣」へと続く結末となり、「魍魎の匣」を読み返したくなりました。
雨女(あめおんな)
『雨女』は長編9作目「邪魅の雫」に登場する赤木大輔の視点で描かれるストーリー。
赤木は善人ではないものの、これまでの短編に登場したどの人物よりも血が通った人間に思えました。
悪い人間ではなく、正義感が強いものの、その正義を完璧に遂行できるだけの実力がない。
そのため、赤木が女性を助けようとすると、赤木に災難が降りかかったり、女性の運命を逆に狂わせてしまったり。
自身の人生を後悔とともに振り返る、そんな話しでした。
読んでいて一番せつない気持ちになりました。
蛇帯(じゃたい)
『蛇帯』は「鵼の碑」に登場する桜田登和子の視点で描かれるストーリー。
登和子はホテルでメイドとして働いています。
蛇が怖い登和子。
蛇によく似た紐や帯にも怯え、そのせいで仕事を失ったことがあるほどです。
ちょっと異常なまでの蛇に対する恐怖症。
しかし、登和子自身はなぜそこまで蛇が怖いのか、分かりませんでした。
そんななか、登和子は自信の恐怖症に対して、メイド仲間のセツに打ち明けます。
このセツは、長編5作目「絡新婦の理」から登場する女性で、短編集「百鬼夜行徒然袋―風」でも活躍?しています。
彼女は百鬼夜行シリーズの語り手にはならないキャラクターです。
おしゃべりながら、これまで巻き込まれた事件の経験をふまえ、何かと鋭いセツ。
また、メイド見習いの倫子との会話を経て、登和子は自信が蛇を恐れる理由に思い至ります。
そして彼女たちが働くホテルの名前が日光榎木津ホテルという、いかにも事件の舞台になりそうな名前をしているのもポイントです。
セツは榎木津家に仕事を斡旋してもらったのに、また仕事を失いそうな予感がしてなりません。
目鏡(めかがみ)
『目鏡』は榎木津礼二郎の視点で描かれたストーリー。
他人の目からみた榎木津は荒唐無稽な変人ですが、榎木津の視点は実に明瞭かつサッパリとしているのが面白いです。
榎木津礼二郎は榎木津礼二郎を演じている。
以前そんな台詞がありましたが、まさにそうなんだろうなと思わせる視点でした。
幼い頃から他人には見えないものが見えていた榎木津。
成長の過程で気にならないほどになったものの、戦場で食らった照明弾の閃光により一時、失明状態に。
その影響で見えないものしか見えない状態になってしまうことに。
なんとか視力が回復し、働き始めたものの、まともに仕事が続くことわけがなく、なんとなく上手くいかない日々。
そんな中、榎木津が思い出したのは、初対面の中禅寺に言われた『他人の記憶が見えている』という言葉。
何がどうして初対面でその答えを導き出せるのかは気になりすぎますが、中禅寺なら見抜けそうでもあります。
他人と関わると、他人の記憶を覗いてしまう。
それならいっそ、他人の記憶を覗くことを仕事にしてしまえばいい。
そうして榎木津礼二郎は探偵となる、そんなストーリーでした。
時期は昭和25年秋。
長編1作目「姑獲鳥の夏」は昭和27年夏なので、あの時点ではまだ探偵となって2年も経っていなかったのですね。
意外なほどに繊細な榎木津の一面が見られる短編だったと思います。



