京極夏彦さんの小説「絡新婦の理(じょろうぐものことわり)」の感想です。
まるで蜘蛛の巣のように張り巡らされた事件の罠。
糸を辿っていった先に見える真相と真犯人とは?
凄惨なのに、キレイに整って、美しい、不思議な事件に憑物落とし・中禅寺が対峙します。
- 作者:京極夏彦
- 対象:中学生~
- 性的な描写あり
- グロテスクな描写あり
- 1996年11月に講談社ノベルズより刊行
- 2002年9月に文庫化
「絡新婦の理」について
「絡新婦の理」は京極夏彦さんのミステリー小説です。
探偵役の憑物落とし・中禅寺秋彦が登場する『百鬼夜行シリーズ』の5作目。
まず、この「絡新婦の理」。
文庫版だと1400ページ弱あります。
立ち読みするとよい筋肉トレーニングになるボリューム感です。
一冊でしっかり直立する安定感をもち、厚みはなんと6cm弱!
百鬼夜行シリーズの長編で最もページ数があります。
読書は旅のようなものですが、ここまで長いともはや冒険でした。
まずは、そんな「絡新婦の理」のあらすじを掲載します。
理に巣喰うは最強の敵――。
京極堂、桜の森に佇(た)つ。当然、僕の動きも読み込まれているのだろうな――2つの事件は京極堂をしてかく言わしめた。
絡新婦の理―Amazon.co.jp
房総の富豪、織作(おりさく)家創設の女学校に拠(よ)る美貌の堕天使と、血塗られた鑿(のみ)をふるう目潰し魔。連続殺人は八方に張り巡らせた蜘蛛の巣となって刑事・木場らを眩惑し、搦め捕る。中心に陣取るのは誰か?シリーズ第5弾。
今回の舞台は千葉県の房総エリア。
時期は昭和28(1953)年の2~4月にかけてです。
目潰し魔と絞殺魔、2つの連続殺人が同時期に発生。
その2つの事件を探った先に、由緒正しき名門女学校と、その女学校の創立者一族が浮かび上がってきます。
事件に共通する『蜘蛛』とは。
まるで蜘蛛の巣のように、放射状に拡散した事件の数々。
その蜘蛛の糸を内側へ辿っていった先、中心にいる人物とは?
読むのは今回が2回目で、中心にいる『蜘蛛』の正体を知った上で読んでいたのですが、それでも読後は深い余韻に浸っています。
1日経ってもずっと考えてしまうくらい、ストーリーが魅力的でした。
【ネタバレ無し】「絡新婦の理」感想・あらすじ
「絡新婦の理」のネタバレ無し感想・あらすじです。
シリーズ過去作とのつながり
シリーズ5作目となる「絡新婦の理」は過去作とのつながりが大きい作品でもあります。
過去4作の読了は必須!
なぜなら過去4作すべてとしっかりつながっているからです。
特に1作目「姑獲鳥の夏」の真相・結末にやや触れているので、絶対に1作目から順に読むことをオススメします。
(そもそも、5作目から読む方は稀だと思いますが)
事件の関わりはもちろんですが、過去作の登場人物が引き続き参加するのも「絡新婦の理」の特徴。
- 2作目「魍魎の匣」川島新造・増岡
- 3作目「狂骨の夢」伊佐間一成
- 4作目「鉄鼠の檻」今川雅澄・益田龍一
また、2作目「魍魎の匣」で登場した柴田財閥もガッツリ関わってきます。
どんどん登場人物が増えますが、みなキャラクターがハッキリしているので、名前をみただけで誰だが思い出せるため、読み進めるのにそこまで支障はありませんでした。
ちなみに、この「絡新婦の理」では、常に事件に巻き込まれていた関口巽がエピローグまで登場しないのがポイント。
しかし、最後の最後で重要な役目を担わされているので、結局巻き込まれているとも言えました。
人里離れた名門女学校
「絡新婦の理」で舞台の1つとなるのが、房総の山奥にある女学校。
良家の女子が数多く通う名門女学校、というのは、その設定だけで事件の香りしかしないのが面白いです。
しかし、想像以上に血なまぐさい事件が起こり続けるのがツラい点でもあります。
少女だけの秘密の花園は、少女を閉じ込めた監獄でもある。
後半はロケーション的にも監獄でしかなくなってしまいましたし。
同じく女学生がメインキャラクターとして登場する「魍魎の匣」における少女の運命は悲しいものでした。
けれども今回の「絡新婦の理」に登場する少女・呉美由紀は今後のシリーズにも登場します。
宗教や精神医学、さらに民俗学も
「絡新婦の理」では、シリーズ過去作のように宗教や精神医学についてグイグイ掘り下げています。
そして、さらに民俗学や戦後日本の歴史についても
また日本における家についてもどんどん切り込んでいるのが特徴となります。
こんなに幅広く、いくつもの分野にかけて裾野を広げているにもかかわらず、全てが1つに集結してまとまっていくので、ただただスゴいです。
書いてあることはとても難しいのに、すんなり読み進めていけるのも相変わらずでした。
さすがに1400ページ弱もあると、1回読んだだけでは細部まで覚えられないので、何度も読み返してしまうタイプの小説だと思います。
といっても、また最初から読み返すのも体力がいります・・・。
一度全て読んでいるので、次作である「塗り仏の宴」が1つの転換点であることは何となく分かっています。
その転換点に至る前の過去4作の集大成ともいえる「絡新婦の理」の感想でした。
ここからはネタバレありの「絡新婦の理」の感想です。
未読の方はお気をつけください。
【ネタバレあり】「絡新婦の理」の感想
「絡新婦の理」のネタバレあり感想です。
織作家と真犯人について
「絡新婦の理」の中心に据えられた織作家。
作中での憑物落としにより、偏見はなくせたとしても、その家系の複雑さには慄きます。
家系図を書くのも大変です。
この織作家を血筋からみると、四姉妹は真犯人であった二女・茜以外の両親は判明しています。
しかし、茜のみ明かされずに「絡新婦の理」は完結します。
茜の父親については「絡新婦の理」と検索すると上位に入ってくるキーワード。
たしかに気になりますが、正直、誰であっても結末は変わらないでしょうし、本筋には関係ありません。
ただ、おそらく茜本人は知っているのだろうとは思います。
また、エピローグ(にあたる部分)では、重要なことがポンポン飛び出し、1回読んだだけでは理解が追いつかないくらいでした。
エピローグ⇒プロローグ⇒エピローグ⇒プロローグの無限ループです。
茜は『現時点で自分にとって邪魔な存在』と『過去の自分を知る人間』を今回の事件で一気に片付けてしまいました。
それは復讐のためや、憎悪をたぎらせ、といった感じではなく、未来のこれからの自分の居場所を確保するため、という前向きな理由だったのが切ないです。
織作茜の過去を独自にまとめてみます。
- 女学校(聖ベルナール学園)時代:教師・本田幸三から(おそらく)性被害を受ける
- 大学で薬学を学ぶ
- 久遠寺涼子と出会う
- 戦後、大学を辞め、RAA(AS)に志願する
- 目潰し魔の被害者である前島八千代・高橋志摩子と出会う
- その後、織作家へ戻る
- 1年前に姉・紫を、その後父親と曾祖母を毒殺
小説にて読み取れるのはこのくらいでした。
また、おそらく柴田勇治の婚約者であった、目潰し魔の被害者・山本純子も遠回しに殺害しています。
※あくまで個人的な意見です。
読後のプロローグ
「絡新婦の理」では本来はラストシーンである場面がプロローグに配置されています。
中禅寺秋彦と真犯人の対峙です。
真犯人の名前は明かされないため、読者はエピローグを読むまでその相手が誰だか分からないようになっています。
そのため、初めに読んだタイミングでは、何が何だか分からないようになっています。
しかし、最後まで読み、最初に戻ると全てが分かってしまいます。
怖いくらいに言っていることが全て分かるようになるのです。
真犯人の結末も提示されています。
真犯人は、まあ悪い人と言えばスゴく悪い人なんですが、あの結末は絶望感が大きいです。
だったら、どうすれば良いのかというのも分からないですが。
ただ、あの結末が最善ではあるのは事実なのだろうと、冷静に考えると思えます。
蜘蛛はずっと蜘蛛の巣に。
獲物はいなくなり、もう獲物がくることもない巣の真ん中で、一人で。
憑物が落とせないので、救えない。
縛り付けることでしか解決できなかった、というのはある意味敗北ではあったのだろうと思います。
けれど、読後に最高の清涼感を感じてしまうのは不思議です。
プロローグを読み終えた後に、スッキリしてしまうので、わたしとしては最高のラストだったのかもしれません。