京極夏彦さんの連作短編集「百鬼夜行―陰」の感想です。
『百鬼夜行シリーズ』のうち長編「塗仏の宴」までのサイドストーリー10作をまとめた短編集。
長編では描かれなかった登場人物たちの胸の内が描かれていきます。
- 作者:京極夏彦
- 対象:中学生~
- エログロ描写少なめ
- 1999年7月に講談社ノベルスより刊行
- 2004年に文庫化
- 2012年に文藝春秋より定本が刊行
- 2025年に文藝春秋より文庫化
「百鬼夜行―陰」について
「百鬼夜行―陰」は京極夏彦さんの短編小説です。
1995年から1999年にかけて書かれた10編の短編が収録されています。
これら短編はいずれも「姑獲鳥の夏」から始まる人気シリーズ『百鬼夜行シリーズ』の外伝的なストーリーとなります。
そのため、この「百鬼夜行―陰」単体だけでも楽しめますが、『百鬼夜行シリーズ』を読んでおいた方がより面白いでしょう。
まずは、そんな「百鬼夜行―陰」のあらすじを掲載します。
『姑獲鳥の夏』に始まる百鬼夜行シリーズ初の短編集
人にとり憑く妄執、疑心暗鬼、得体の知れぬ闇。それが妖怪となって現れる。『姑獲鳥の夏』ほか名作の陰にあった物語たちを収める。
百鬼夜行―陰―Amazon.co.jp
この「百鬼夜行―陰」は1999年7月に刊行されています。
したがって「百鬼夜行―陰」は1999年7月以前に出版された1巻目「姑獲鳥の夏」から7巻目「塗仏の宴 宴の始末」までのサイドストーリーが収録されています。
一部、ネタバレになるようなストーリーもあるため、あらかじめ長編を7冊分読んでおくことをオススメします。
「百鬼夜行―陰」はミステリーではない?
「百鬼夜行―陰」は探偵(憑物落とし)の中禅寺秋彦が登場する『百鬼夜行シリーズ』の短編集。
けれども、この「百鬼夜行―陰」はミステリーではなく、各登場人物の内面を深く掘り下げたストーリーが展開されます。
ジャンルを定義するのは難しいですが、あえて言うなら人間ドラマでしょうか?
また、ところどころホラーのような要素が強くあるのもこの短編集の特徴。
お化けではなく、人間の心の深い闇にゾッとするお話しでした。
「百鬼夜行―陰」各章感想・あらすじ
「百鬼夜行―陰」の各章の感想とあらすじです。
小袖の手
『小袖の手』は、シリーズ5巻目「絡新婦の理」に登場する杉浦隆夫のお話しです。
またシリーズ2巻目「魍魎の匣」に登場する柚木加菜子も深く関わってきます。
小学校に教員として勤務していたものの、ある出来事をきっかけに子どもに恐怖を感じるようになった杉浦。
杉浦が自宅に引きこもるきっかけは「絡新婦の理」でも書かれていましたが、杉浦自身の視点から描かれると緊迫感がありました。
そんな杉浦が隣に住む子どもでも大人でもない少女であった加菜子に心を許すのは何となく理解ができました。
文車妖妃
『文車妖妃(ふぐるまようび)』はシリーズ1巻目「姑獲鳥の夏」に登場する久遠寺涼子のお話しです。
久遠寺涼子の一人称により紡がれ、なかなかの狂気性が垣間見える短編となっています。
関口巽の視点から見た涼子は美しく聡明な女性でした。
しかし、この彼女自身の視点から描かれる『文車妖妃』の久遠寺涼子は辛辣で厭世的。
読んでいてヒヤヒヤするくらいに刺々しいので驚きます。
人の内面は外からは全くうかがえないものだと思わせる話でもありました。
「姑獲鳥の夏」を読んでいても良好な家族関係ではないと思っていましたが、涼子の視点から描かれるとより冷え冷えとしていたのも印象的でした。
目目連
『目目連(もくもくれん)』はシリーズ5巻目「絡新婦の理」に登場する平野祐吉のお話しです。
また、3巻目「狂骨の夢」や4巻目「鉄鼠の檻」のキャラクターも登場。
少しずつ繋がっていることを感じます。
この『目目連』の平野も、『小袖の手』の杉浦も、「絡新婦の理」では皆が彼ら2人を追っていました。
また、彼らが逃げる前、姿をくらます前の様子を語るものの、彼ら自身の視点からは描かれませんでした。
実際「絡新婦の理」に平野や杉浦の実物が登場するのは一瞬だった気がします。
そのため、平野や杉浦の目を通してみると、既に知ってる事件なのに新鮮な気がしました。
殺人は良くないのはもちろんですが、あんな風に追い詰められたら壊れてしまうのも無理はないな・・・、とも思ってしまいます。
鬼一口
『鬼一口』の主役である鈴木敬太郎は百鬼夜行シリーズには登場していません。
百鬼夜行シリーズと同じ世界観で描かれた近未来SFシリーズ「ルー=ガルー」に登場する人物です。
ただ、シリーズ2巻目に登場する久保竣工(作中では明言されていない)と、その久保の被害者の1人である少女の一家が登場します。
また、中禅寺と馴染みの深い古本屋仲間の宮村も登場。
鬼の成り立ち・由来などを語る、百鬼夜行シリーズらしい展開もありました。
鈴木の戦地での体験や、目の前で起こった久保による誘拐など、白昼夢のような文体で生々しさが浮き上がってくるようでした。
煙々羅
『煙々羅(えんえんら)』は4巻目「鉄鼠の檻」の後日譚です。
消失した寺院の消火活動を行った消防団員・棚橋の視点から描かれます。
棚橋は他シリーズに登場する人物ではありません。
長編には出てこないものの、これから長編に出てきてもおかしくないような憑かれ方をしています。
子ども時代のある経験から、煙に対し異様な執着を見せてしまう棚橋。
彼の語りは、お化けが出てくるとかそういう話ではないのに、どこか怪談じみていてとても怖かったです。
オチすらも怖く、しかし切なさもありました。
普通の人、普通だと思っていた人から飛び出す妄執の恐ろしさは圧倒的に怖いですね。
倩兮女
『倩兮女(けらけらおんな)』は5巻目「絡新婦の理」に登場する山本純子のお話です。
「絡新婦の理」では既に故人だった彼女の過去や、被害者となったきっかけが描かれています。
笑わない、笑えない彼女の人生について、思いを馳せてしまいます。
彼女が育った極端に堅苦しい環境の息苦しさ、そんなガチガチの家で育った彼女にとってひとときの柔らかい時間だった女性との時間。
彼女が自分を縛る、笑わないことから解放されたが故の悲劇を思うと呆然としてしまいました。
火間虫入道
『火間虫入道(ひまむしにゅうどう)』は6・7巻目「塗仏の宴」に登場する岩川真司のお話しです。
特殊な能力を持つという少年(蘭童子・彩賀笙)と出会い、次々と手柄を立てていく岩川。
しかし、本人が必死で無視していた内心に向き合ったときに訪れた悲劇について描いています。
「塗仏の宴」ではチョロッと登場し、あとはひたすら部下の河原崎などから悪口を言われていた印象の岩川。
たしかに、悪口を言われるだけの悪事を繰り返していました。
想像以上に非道なことをしています。
「塗仏の宴」を読んでいるので、岩川の結末については知っていました。
岩川の視点から見ても、彼の末路は自業自得ではあるのですが、少し切なくなりました。
襟立衣
『襟立衣(えりたてごろも)』は4巻目「鉄鼠の檻」に登場する円覚丹(まどかかくたん)のお話し。
彼がなぜ、箱根山奥の寺院の貫首となったのか。
その精神的なきっかけが描かれています。
絶対的な存在が、取るに足らないような存在であると思い知らされたとき。
自分の人生を根本から覆すような、精神的支柱が折れたとき。
それでも自分を形作った妄執にすがってしまったのだな、と思わされました。
話の節々から分かるものの、最後まで誰のお話なのかが明確にされなかったのも良かったです。
ある意味、キラキラの袈裟に取り憑かれて狂ってしまった人の話なのだと思います。
着ているものって重要ですよね。
毛倡妓
『毛倡妓(けじょうろう)』はシリーズを通して登場する刑事・木下圀治(くにはる)のお話しです。
ストーリーは2巻目「魍魎の匣」と関わっています。
なぜ、木下が娼婦を嫌悪するのか。
木下自身も忘れていたその理由が明かされます。
この『毛倡妓』はストレートにホラーです。
長い黒髪から美しくもあり、怪しくもあり、人を惑わす強い力を感じました。
川赤子
『川赤子』はシリーズでおなじみの小説家・関口巽の視点で描かれるお話しです。
昭和27年の梅雨、1巻目である「姑獲鳥の夏」の前日譚となります。
長編ではほとんど描かれてこなかった関口と妻・雪絵の関係性が描かれます。
これまで、この夫婦関係はほとんど見えてこなかったので、とても新鮮でした。
「姑獲鳥の夏」以前の話なので、本当に小説家としてうだつが上がらない時期。
最後に目眩坂の下に立ったところ、「姑獲鳥の夏」の始まりと重なった時点で終わるのも良かったです。
これからあんな事やこんな事が・・・、と思ってしまうのもこれまでシリーズを読んできたからですね。
1編あたり60ページ前後と気軽に読みやすいのも魅力の短編集です。
深く深く登場人物たちの内面を掘り下げるので、これからまた長編を読み返すと理解が深まります。
無限ループですね。
ここまで「百鬼夜行―陰」の感想でした。