京極夏彦さんの小説「陰摩羅鬼の瑕(おんもらきのきず)」の感想です。
中禅寺秋彦が活躍する『百鬼夜行シリーズ』8作目。
白樺湖半の洋館『鳥の城』で起こり続ける花嫁殺害事件を防ぐために招かれた榎木津と関口。
さらに、事件の真相を明らかにするため、憑物落とし・中禅寺秋彦も登場します。
- 作者:京極夏彦
- 対象:中学生~
- 性的な描写ややあり
- グロテスクな描写なし
- 2003年8月に講談社ノベルスより刊行
- 2006年9月に文庫化
- 百鬼夜行シリーズ長編8作目
「陰摩羅鬼の瑕」について
「陰摩羅鬼の瑕」は京極夏彦さんのミステリー小説です。
憑物落としで探偵役の中禅寺秋彦が登場する『百鬼夜行シリーズ』の長編8作目。
婚礼のたびに花嫁の命が奪われ続ける伯爵家の呪いに中禅寺秋彦が挑みます。
まずは、そんな「陰摩羅鬼の瑕」のあらすじを掲載します。
存在しない犯人。それは鬼神だ。
京極堂、「鳥の城」へ。「おお! そこに人殺しが居る!」探偵・榎木津礼二郎は、その場に歩み入るなりそう叫んだ――。嫁いだ花嫁の命を次々と奪っていく、白樺湖畔に聳える洋館「鳥の城」。その主「伯爵」こと、由良昂允(こういん)とはいかなる人物か? 一方、京極堂も、呪われた由良家のことを、元刑事・伊庭から耳にする。シリーズ第8弾。
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「陰摩羅鬼の瑕」は「おんもらきのきず」と読みます。
一見では読めませんよね。
「陰摩羅鬼の瑕」の舞台は長野県にある白樺湖のほとり。
時代は昭和28(1953)年、季節は7月ごろ。
ちょうど1作目「姑獲鳥の夏」から1年が経ったという時期です。
1年間で事件に巻き込まれすぎていますね。
今でこそ白樺湖畔は避暑地として人気のスポットですが、その頃の白樺湖はできたばかり。
そもそも、白樺湖が人工湖だったことを初めて知りました・・・。
白樺湖は1946年に完成した、農業用水を確保するための人工湖。
当初は蓼科大池と呼ばれていましたが、湖畔に白樺が建ち並ぶ景観の美しさから白樺湖と呼ばれるようになったとか。
そんな白樺湖畔にそびえ立つ『鳥の城』こと由良伯爵家で起こる殺人事件。
23年前から始まり、すでに4人の花嫁たちが婚礼のたびに殺害されている由良伯爵家。
5度目の婚礼を控え、何としても花嫁を守るべくと、探偵・榎木津礼二郎が招聘されます。
しかし、なぜか目を患い一時的に視力を失った探偵・榎木津礼二郎。
榎木津を助けるべく、なぜか前作「塗仏の宴」にて災難に巻き込まれ何とか立ち直りつつある小説家・関口巽が東京から派遣されます。
そんな2人が呪いとも言える由良家の事件に巻き込まれてきます。
「陰摩羅鬼の瑕」感想・あらすじ
「陰摩羅鬼の瑕」のネタバレ無し感想・あらすじです。
1人の『世界』を描いた作品
「陰摩羅鬼の瑕」は、小説の冒頭で『被害者』も『犯人』もほとんど明かされている、異色すぎるミステリーです。
小説は、関口巽と由良家の当主・由良昂允(こういん)の会話から始まります。
会話の内容から、もうすでに事件が起こった後であることが分かります。
この時点で、由良昂允の妻となるはずだった薫子は亡くなっていることが明かされているのです。
関口と由良伯爵の会話は、本来は終盤に差し込まれるものですが、プロローグとして冒頭におかれています。
そのため、わたしたち読者は、この冒頭の会話を読み進める最中に何度も思い出すこととなります。
実際、何度も戻って読み返しました。
正直、最初にこの冒頭を読んだ時は、何を言っているのか半分以上も理解できなかったです。
けれども、小説を読んでいくと、徐々に理解できるようになっていきます。
少しずつ由良伯爵が語る言葉の意味が分かるにつれ、うっすらと事件の真相が明らかになっていく。
パズルのようにはまっていく謎解きではなく、輪郭が浮かび上がってくるような謎解き。
点と点が繋がる感覚ではなく、事件の全体像がだんだんと形になっていくような不思議な感覚でした。
犯人とか、トリックとか、この「陰摩羅鬼の瑕」ではそれらを主軸とはしていません。
あくまで1人の人間の『世界』を、読者に理解させるために語られた小説でした。
元刑事・伊庭の安心感
「陰摩羅鬼の瑕」はミステリーよりも、人間ドラマを重視した小説です。
なかでも、人間味あふれる存在として安心感を与えたのが元刑事の伊庭。
最初に起きた23年前の事件から3回目の事件まで捜査を担当した人物で、迷宮入りした事件に後悔を抱えていました。
また、事件に対する無念だけでなく、苦労をかけ続けたうえ亡くした妻に対する後悔も抱え続けています。
ちなみに、伊庭は刑事時代に中禅寺秋彦と出会っています。
その出会いを描いたのがシリーズの短編集「今昔続百鬼 雲~多々良先生行状記~」です。
後悔の中で生きていた伊庭もの元に、シリーズの常連でもある刑事・木場が由良家の事件について聞くために尋ねてきます。
木場は榎木津や関口がいないところ、かつ事件が起こっていなければ基本的に好青年で穏やか。
さらに聞き上手な木場に乗せられ事件について話すうち、伊庭は自らの心の澱に気づき、中禅寺のもとへ向かいます。
そこで語られるのは、日本における仏教と儒教の関係性。
語られていることはすごく難しいですが、何となく腑に落ちる感覚もありました。
そして伊庭は因縁の由良家へ舞い戻り、5度目の事件に遭遇することに。
『百鬼夜行シリーズ』は殺人事件を扱う作品なので、警察関係者が多く登場します。
そんな中でも、誰にでも真摯に向き合う伊庭の存在は安心感がありました。
これまでの『百鬼夜行シリーズ』に足りなかったのは、事件を外側から観察する、まっとうな年配者だったのかもしれません。
伊庭の存在があってこそ、今回の「陰摩羅鬼の瑕」の結末はやや救いがあるものとなったと思います。
耽美的な世界観と切ない結末
「陰摩羅鬼の瑕」の魅力は、なんといっても舞台となる『鳥の城』そのものではないでしょうか?
剥製はそこまで好きではないのですが、地球上のあらゆる鳥の剥製がそろう荘厳な洋館。
白樺湖畔に建つ豪奢な館、というだけでも心躍るのに、剥製だらけなんて、ミステリーの舞台として魅力が強すぎます。
そもそも、この『百鬼夜行シリーズ』は舞台となる建物がいずれも特徴的でした。
2作目の研究所はインパクト抜群でしたし、5作目「絡新婦の理」の織作家・学園もよかったです。
今回の「陰摩羅鬼の瑕」における『鳥の城』、由良伯爵邸はストーリーも舞台も異質で、まるで別世界。
ファンタジーを読んでいるかのような館の現実味のなさと、地に足が付いた現実的な結末。
人間味がないような由良伯爵が、最後には人間になってしまう。
人間になってしまったが故に直面する現実。
この結末の切なさが、やはり好きです。
「陰摩羅鬼の瑕」は『百鬼夜行シリーズ』の中で一番好きな長編です。
1200ページもの膨大な旅。
しかし、実際に経っているのは3日ほどととにかく濃い時間が流れます。
別の世界を覗く、世界の淵に立つ、そんな感覚で読み進めるものなのだろうと読み終わって思いました。
ここまで「陰摩羅鬼の瑕」の感想でした。