もしも、自分が世間を揺るがした大事件の関係者だったら―
そんな「もしも」をリアリティあふれる筆致で描いた塩田武士さんの小説「罪の声」をご紹介します。
昭和史に残る未解決事件をベースに作者・塩田武士さんが描き出す事件の全容とは?
また「罪の声」の主となったこどもたちの未来に希望を与える小説でもありました。
社会派ミステリーを読みたい方におすすめの小説です。
- 作者:塩田武士
- 対象:中学生~
- やや暴力・性的な描写あり
- 2016年8月・講談社より刊行
- 文学賞など受賞多数
- 2017年本屋大賞・第3位
- 「週刊文春」ミステリーベスト10 国内部門第1位
- 第7回山田風太郎賞
- 2020年10月に実写映画化
「罪の声」あらすじ
「罪の声」は塩田武士さんが手がけたミステリー小説です。
実際の事件「グリコ森永事件」を下地に、塩田さん独自の視点から描いたフィクションになります。
そんな「罪の声」のあらすじを掲載します。
京都でテーラーを営む曽根俊也は、父の遺品の中からカセットテープと黒革のノートを見つける。ノートには英文に混じって製菓メーカーの「ギンガ」と「萬堂」の文字。テープを再生すると、自分の幼いころの声が聞こえてくる。それは、31年前に発生して未解決のままの「ギン萬事件」で恐喝に使われたテープとまったく同じものだった。「ギンガ萬堂事件」の真相を追う新聞記者と「男」がたどり着いた果てとは。渾身の長編小説。
罪の声ーAmazon.co.jp
「罪の声」はガッチガチの社会派ミステリーです。
社会派ミステリーとは、社会性のある題材をテーマに据えリアリティを追求したミステリーのこと。
事件そのものと同じくらい「事件の背景」に迫るのが醍醐味です。
事件そのものやトリックに重きを置く本格ミステリーとは一線を画する存在ですね。
社会派ミステリーの書き手として日本で有名なのは、
- 松本清張
- 東野圭吾
- 宮部みゆき
- 桐野夏生
などの方たちが有名ですね。
社会派ミステリーでは、架空の事件だけでなく、実際に起きた事件を元に書かれることもあります。
この「罪の声」は後者、実際に起きた事件をベースに書かれた小説です。
実写映画について
「罪の声」は2020年10月に実写映画化されています。
主演は阿久津英士役の小栗旬さん、曽根俊也役は星野源さんでした。
映画「罪の声」は、第44回日本アカデミー賞で12部門ノミネート。
そのうち野木亜紀子さんが最優秀脚本賞を受賞しています。
その他にも、
- 第45回報知映画祭
- 第42回ヨコハマ映画祭
- 第33回日刊スポーツ映画大賞・石原裕次郎賞
- 第75回毎日映画コンクール
- 第45回エランドール賞
- 第94回キネマ旬報ベスト・テン(第7位)
など多くの映画祭でノミネート・受賞を果たしています。
映画も合わせて要チェックですね。
未解決事件が奪った未来を救う方法とは
「罪の声」は、2人の主人公が同時に、しかし違う方向から1つの事件の真相を追い求めるという小説です。
主人公の1人はあらすじにもある京都のテーラー・曽根俊也。
ある日、たまたま自宅で見つけたカセットテープ。
そのカセットテープに録音された自分の声が『ある事件』に使われたものと一致することに気付いてしまいます。
『ある事件』に自分や自分の家族が関わっていたのではないか?
そう考えた俊也は、自ら『ある事件』の真相を探ることに。
しかし、事件の真相に近づくにつれ、俊也の平穏な人生が狂い始めます。
そして、もう1人は新聞記者・阿久津英士。
過去の未解決事件の真相を探るという新聞の特集のため『ある事件』を取り扱うことになります。
※ちなみに、作者である塩田武士さんは元・新聞記者。記者の描写は綿密で、リアリティがあふれています。
その俊也・阿久津が関わることになる事件とは「ギンガ萬堂事件」。
31年前に発生し、世間を大きく騒がせたものの犯人逮捕に至らず闇に葬られた昭和の大事件でした。
2つの視点から浮かび上がる大事件の真相
「罪の声」の面白いところは、同じタイミングで同じ事件に2人の主人公が迫っていくという点です。
1人は身内が事件の当事者かもしれない一般人。
もう1人は取材のプロである新聞記者。
こう並べると、取材力のある新聞記者の方に分がありそうですね。
しかし、調べる事件が30年以上前の未解決事件ということもあり、当初、取材は難航します。
一方、俊也は事件に関わっているかもしれない伯父の友人の協力を得ながら、事件の真相にどんどん近づいていきます。
俊也の方は、関係者かもしれない伯父の関係者を伝っていくので「情報源を探し出す」点では有利なのですね。
それでも、阿久津は新聞記者の取材力を活かし、正攻法で事件に迫っていきます。
この2人の語り手により同じ事件が別々の方向からスポットライトを浴びることで、徐々に事件の全容が見えていきます。
<少しネタバレあり>追う側から追われる側へ
順調に事件の真相に迫る俊也でしたが、ある日、同じ事件を新聞記者が探っていることを知ります。
それにより俊也は自分が事件の関係者として「追われる立場」にあることを思い知ります。
事件を追う側だった俊也が、一転、追われる側に。
バラバラに動いていた俊也と阿久津が間接的につながる瞬間です。
さらに俊也は事件の真相に肉薄したことで、事件の深追いをやめます。
ここまでが「罪の声」の1つの区切りと言えます。
そして、間もなく阿久津も事件を探る俊也の存在を知ることに。
追う側の阿久津が追われる側となった俊也と直接出会ったとき、これが2回目の区切りでしょう。
俊也にとって阿久津は自分の生活を壊しにきた招かれざる客。
けれども阿久津にとって俊也はやっと見つけた事件の当事者でした。
その後、阿久津は事件の犯人である俊也の伯父と直接対峙、事件の真相を聞き出します。
事件の真相を知った阿久津は、事件によって狂わされたある家族を救うため俊也に協力を仰ぎます。
そして、2人はともに事件の真相に迫ることになります。
過去の事件の全容が明かされて終わりではない。
それが、この「罪の声」の一番の特徴ではないでしょうか。
事件が明るみに出たからこそ、事件で大きく人生を狂わされた人たちを救うために2人の主人公は奔走します。
事件が解決しなかったことで、未来が絶たれたり狂わされたり多くの人が不幸になってしまいました。
そんな被害者の未来を救うことになった、とても良い結末だったと思います。
「ギンガ萬堂事件」のモデル「グリコ森永事件」とは?
「罪の声」で物語の中心となる『ギンガ萬堂事件』。
そのモデルとなったのは『グリコ森永事件』です。
『グリコ森永事件』は1984~1985年にかけて発生した企業脅迫事件の総称です。
犯人が名乗ったことから『かい人二十面相事件』とも呼ばれています。
「怪人二十面相」、江戸川乱歩ですね。
と、ここまで書きましたが、わたしはこの『グリコ森永事件』についてほぼ何も知りませんでした。
わたしは1997年生まれ。事件から10年以上後に生まれました。
『グリコ森永事件』について、名前こそ聞いたことがありましたが、どんな事件だったかは知りません。
そもそも『グリコ森永事件』が未解決事件と言うことすら知りませんでした。
「罪の声」の『ギンガ萬堂事件』は『グリコ森永事件』から企業名を変えただけでそっくり同じです。
ギンガ=江崎グリコ、萬堂=森永製菓です。
(もちろん、犯人側の描写は作者・塩田さんのオリジナルですが)
Wikipediaで調べると「罪の声」の『ギンガ萬堂事件』と全く同じ内容が書かれていて素直に驚きました。
警察への指示をカセットテープに録音したこどもの声で出した、という部分も事実に沿っているとは思っていませんでした。
こんな事件が実際に日本で起こっていたなんて。
それを今まで全く知らずに生きてきたことにビックリです。
また「罪の声」で『ギンガ萬堂事件』は解決しましたが、実際の『グリコ森永事件』は未だ解決していません。
作者・塩田さんは、過去のインタビューで、
本書でも書きましたが、〝声〟を犯行に使われた子は、もしかすると今もそのことを隠しながら生きているかもしれない。つまり犯人は、子どもの未来を奪っているのです。
グリ森事件の「真犯人」を追い続けた作家が辿り着いた、ひとつの「答え」
とカセットテープに録音された声の主に言及しています。
「罪の声」では、カセットテープの声のこども・曽根俊也を主人公に据え、事件の真相を探らせました。
しかし俊也のモデルとなったこどもは実在の人物。
今もどこかで身を潜めながら生きているかもしれないのです。
『グリコ森永事件』はけして終わった事件ではない、と思い知らされました。
花緒の感想
実際に起きた「グリコ森永事件」をテーマに、事件に関わった人たちの未来を描いた「罪の声」。
あまりにも真に迫った内容だったため、作者の塩田さんは「本当は犯人を知っているのでは?」と聞かれたこともあったとか。
「グリコ森永事件」をリアルタイムで知る方はもちろん、わたしのように事件を知らない方でも楽しめる小説です。
真相の目撃者になりたい方は必見ですよ。