綿矢りささんの小説「オーラの発表会」の感想です。
どこか他人とズレている、そんな1人の少女が大学生活を通して成長していく姿が描かれています。
友情も恋愛もいらない、そんな彼女の周りには個性豊かな人たちが集まります。
温かく優しい、少し不思議な世界が味わえる小説でした。
- 作者:綿矢りさ
- 対象:中学生~
- やや性的な描写あり
- グロテスクな描写はなし
- 2021年8月に集英社より刊行
「オーラの発表会」について
「オーラの発表会」は綿矢りささんの小説です。
ジャンルは大まかにいえば恋愛小説。
しかしみずみずしさが味わえる青春小説としても傑作だと思います。
まずは、そんな「オーラの発表会」のあらすじを掲載します。
「人を好きになる気持ちが分からないんです」海松子(みるこ)、大学一年生。他人に興味を抱いたり、気持ちを推しはかったりするのが苦手。趣味は凧揚げ。特技はまわりの人に脳内で(ちょっと失礼な)あだ名をつけること。友達は「まね師」の萌音(もね)、ひとりだけ。なのに、幼馴染の同い年男子と、男前の社会人から、気づけばアプローチを受けていて……。「あんまり群れないから一匹狼系なんだと思ってた」「片井さんておもしろいね」「もし良かったらまた会ってください」「しばらくは彼氏作らないでいて」「順調にやらかしてるね」――「で、あんたはさ、高校卒業と大学入学の間に、いったい何があったの?」。綿矢りさデビュー20周年! 他人の気持ちを読めない女子の、不器用で愛おしい恋愛未満小説。
オーラの発表会―Amazon.co.jp
あらすじにある『恋愛未満小説』っていう言葉、とても合っています。
主人公の海松子(みるこ)は、そもそも『恋愛』というものが本質的に理解できません。
憧れもなければ、嫌悪感もない。
恋愛に対する感情はほぼ無なのですが、海松子は魅力的な男性からモテます。
海松子がモテる理由は小説内で男性たちから直接打ち明けられてもいますが、それ以前から何となく男性たちが彼女に惹かれる理由が分かるのが面白いです。
主人公・海松子の名前の意味
「オーラの発表会」の主人公は『海松子(みるこ)』という、珍しい名前です。
一見、キラキラネームっぽい名前ですが、この『海松子』は平安時代にちなむ由緒ある名前です。
『海松子』は松の実という意味で、カイショウシとも読みます。
海松子は古くから生薬として利用されており、その効能は強壮・不老長寿。
また『開宝本草』という書物には「骨節風,頭眩をつかさどる。死肌を去り,白髪を変じ,水気を散じ,五臓を潤し,飢えない」と記載されています。
この『開宝本草』は974年、つまり平安時代の書物です。
少なくとも1000年以上の歴史がある名前だったのですね。
さらに『海松子』の名前は、海松子の実家に生えている五葉松の木に由来するもの、と小説内で説明があります。
この五葉松と海松子の両親の『歴史あるものが好き』という趣味から付けられた名前、と思うととても自然で美しい名前だと思いました。
「オーラの発表会」感想
「オーラの発表会」の感想です。
発達障害の主人公から見た世界の面白さ
「オーラの発表会」の主人公・海松子は、小説内では言及されていませんが、完全に発達障害の特性を持っています。
場の空気は全く読めず、相手の感情も分からない。
一番顕著だったのが、他人のニオイに敏感なところでしょう。
発達障害の特性の1つに感覚過敏がありますが、海松子の場合、嗅覚が過敏、というか発達しています。
その発達した嗅覚と圧倒的な空気の読めなさを掛け合わせた「口臭から他人の昼食を当てるゲーム」はなかなかのインパクトがありました。
海松子に全く悪気がないのがなんとも言えないです。
しかし、海松子は周囲から大きくズレながらもそのことを気にせず、おおむね幸せな人生を送っていることが文章の端々から伝わってきます。
海松子を温かく見守ってきたであろう両親や、海松子にずっと片想いしている幼馴染みの奏樹など。
海松子は、海松子を大切に思っている人たちに囲まれて育った、とても幸せな子どもだったのでしょう。
また、その温かい雰囲気は小説全体の海松子を包み込む優しい空気感からも分かります。
だからこそ、読んでいてとても安心しますし、癒やされるのだと思いました。
ただ、そんな優しい雰囲気の中でも、海松子の言動にはずっとヒヤヒヤし続けるのでやや心臓には悪いです。
海松子は他人と見える・感じる世界が違います。
その違いを愛おしさをもって描かれている、愛がある描き方が嬉しかったです。
発達障害について詳しくは↓のサイトをチェック
ゾクゾクするほど「分かる」女子たち
「オーラの発表会」に登場する女の子たちは、主人公の海松子をはじめ、とてもインパクトがある人たちばかりです。
海松子の高校時代の同級生で、初めての友人とも言える萌音。
萌音は他人の見た目をコピーするかのように完全に真似する、という修正を持ち、海松子の中で『まね師』というあだ名を付けられていました。
高校時代は萌音を完コピし、双子のようだったとのこと。
仲の良い友人同士で服装を揃える双子コーデというファッションがありますが、萌音のコピーは他人に許可を取らず、勝手に行うもの。
そのクセため、高校時代でもすでに火種を抱えていましたが、大学時代には現実で避けられ、ネットでも大炎上を起こしてしまうことに。
萌音の他人のコピーは病的と言えるほどですが、なぜか理解できるのが不思議なところです。
それは萌音が海松子の対極に位置する存在だからなのかとも思います。
空気が読めすぎて、他人の感情も理解できすぎる萌音ですが、だからこそ他人との正常な距離感が掴めない感じがもどかしく思えました。
自分しかない海松子と、他人しかない萌音。
だからこそ海松子と萌音のコンビはデコボコながらも上手くいっているのでしょう。
また、萌音は一般的には嫌われる、いかにも『女子』というタイプですが、この「オーラの発表会」により描かれると、どこか憎めない味わい深いキャラクターになっているのも魅力です。
個人的に一番グッときた描写は、海松子の大学のクラスメイトで、しっかり者のイメージがある『あぶらとり神』こと滝澤さんのあだ名の由来となったシーンです。
顔の脂をあぶらとり紙に吸わせ、油を吸って半透明になったあぶらとり紙を光に透かす。
その情景がはっきり思い浮かぶほどリアルな描写、匂い立つような女子感はゾクゾクしました。
また、やはり女子同士の裏表ある面倒臭さの描写はあるあるです。
けれども、その女子の面倒さを描きつつドロドロしていないのがこの「オーラの発表会」の面白いところだと思います。
あと個人的に、海松子のあだ名のセンスは抜群だと感じました。皮肉全開なのに悪気がない海松子の性格を表しています。
『恋愛未満小説』
「オーラの発表会」は一応恋愛小説ですが、あらすじにもあったように『恋愛未満小説』と表現するのが相応しいストーリーです。
そもそも海松子の恋愛は、いわゆる一般的な恋愛にならないところが肝でしょう。
海松子にとって恋愛は、理解できるものの、自分にとっては無縁のもの。
自分しかなく、自分のみで満ち足りた海松子の世界には、友人も恋人も特に必要ありません。
そんな海松子だからこそ、幼馴染みの奏樹や年上の会社員・諏訪を惹きつけるのだろうと思いました。
また、海松子・奏樹・諏訪の3人でハッキリ三角関係になっているのに、全くドロドロに至らないところがどうにも愉快でした。
タイトル「オーラの発表会」の意味
この小説のタイトルでもある「オーラの発表会」。
そのタイトルの意味が分かるのは小説の終盤です。
小説をずっと読んでいても衝撃を受ける突拍子のなさですが、読み終わって振り返ると自然に感じてしまうのが不思議なところです。
その「オーラの発表会」を経て、海松子が出した答えはわたしたちにもすんなりと共感しやすいものでした。
一冊を通して、1人の少女の大きな成長を感じられたのはとても有意義な読書体験だったと思います。
ここまで綿矢りささんの小説「オーラの発表会」の感想でした。
綿矢りささんのインタビューはこちら