柚月裕子さんの小説「ミカエルの鼓動」の感想です。
手術支援ロボットを使用した手術の第一人者である主人公と、天才と呼ばれる執刀医。
その2人の天才医師による対立と、葛藤を描いた医療サスペンスです。
- 作者:柚月裕子
- 対象:中学生~
- エログロ描写なし
- 2021年10月に文藝春秋社より刊行
「ミカエルの鼓動」について
「ミカエルの鼓動」は柚月裕子さんの小説です。
ジャンルは医療サスペンス。
最先端の手術支援ロボットを巡る医師の葛藤が描かれています。
医療ものは難しそう・・・、という方でも大丈夫!
ストーリーの中心は濃厚な人間ドラマなので、医療系に詳しくないわたしでも読みやすかったです。
まずは、そんな「ミカエルの鼓動」のあらすじを掲載します。
この者は、神か、悪魔か――。
気鋭の著者が、医療の在り方、命の意味を問う感動巨編。大学病院で、手術支援ロボット「ミカエル」を推進する心臓外科医・西條。そこへ、ドイツ帰りの天才医師・真木が現れ、西條の目の前で「ミカエル」を用いない手術を、とてつもない速さで完遂する。
ミカエルの鼓動―Amazon.co.jp
あるとき、難病の少年の治療方針をめぐって、二人は対立。
「ミカエル」を用いた最先端医療か、従来の術式による開胸手術か。
そんな中、西條を慕っていた若手医師が、自らの命を絶った。
大学病院の闇を暴こうとする記者は、「ミカエルは人を救う天使じゃない。偽物だ」と西條に迫る。
天才心臓外科医の正義と葛藤を描く。
主人公は、心臓外科医の西條泰三(さいじょうやすみ)、46歳。
西條は手術支援ロボット『ミカエル』を使用する医師の第一人者として、注目される存在でした。
ロボットを使うことで、手で行う手術より迅速かつ正確な執刀ができる。
その技術を求めて日本全国から患者が押し寄せるほどでした。
『ミカエル』を使い数々の実績を残してきた西條は、勤める大病院の中でも存在感を発揮。
ゆくゆくは病院長になる、なんて野心もありました。
けれども、そんな西條の密かな野望は、ドイツから鳴り物入りで引き抜かれた外科医・真木一義の存在によって徐々に揺るがされていきます。
ロボットを使った最先端手術を行う西條に対し、真木が行うのは従来の手で行う執刀
しかし、真木の執刀は天才という評判を裏切らない鮮やかなものでした。
真木の存在を強く意識してしまう西條ですが、患者を助けるという確固たる信念しか持ち合わせない真木は我関せず。
そんな2人の天才医師の元に心臓手術が必要な少年が現れます。
「ミカエルの鼓動」の用語解説
「ミカエルの鼓動」において、ある意味、主人公とも言えるのが手術支援ロボット『ミカエル』。
この手術支援ロボット『ミカエル』について調べてみました。
手術支援ロボットは本当にある?
「ミカエルの鼓動」にて主人公・西條が操る『ミカエル』という名の手術支援ロボット。
そんな手術支援ロボットは本当にあり、実用化されています。
日本では『ダヴィンチ(da Vinci)』という手術支援ロボットが2009年に製造販売を許可され、現在では200台以上が大学病院を中心に導入されているとのこと。
この手術支援ロボットのメリットは、小さな穴を開けるだけで手術を行えるため出血量が少なく、痛みも少なく、回復が早いこと。
ただ、通常の手術技術に加えてロボットを操る技術も必要なので、執刀できる医師が少ないというデメリットもあるとのこと。
医療分野は不勉強なので、小説内の『ミカエル』のようなロボットが本当に存在することに驚きました。
天使・ミカエルについて
手術支援ロボット『ミカエル』。
ロボットと同じ名前の天使・ミカエル(Michael)について少しまとめてみます。
ミカエルは旧約聖書・新約聖書に登場する天使で、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教における最も偉大な天使とされています。
剣を持ち、甲冑に身を包んだ絵が多く残されていて、わたしたち日本人がイメージする可愛らしい天使とはやや趣が異なり勇猛果敢な感じです。
そんなミカエル、手術支援ロボットのミカエルは本当に人を救う天使なのか?
その問いかけが「ミカエルの鼓動」の中心として、物語は進んでいきます。
「ミカエルの鼓動」感想・あらすじ
「ミカエルの鼓動」の感想・あらすじです。
拒否と共感
「ミカエルの鼓動」では天才医師2人の対立が描かれていきます。
外国から招集された、自分の立ち位置を揺るがす恐れのある天才。
西條は真木に対する拒否感を隠すことができませんが、同時に誰よりも共感できる存在にもなっていきます。
西條も真木も、第一に考えているのは患者の命。
真木がひたむきに患者を思いやる、患者第一を貫く姿勢は、西條にとっても認めざるを得ません。
拒否している相手なのに、誰よりも共感してしまう。
まさにライバルというべき存在です。
そんな西條と真木は難しい心臓手術を控えた少年の治療方針を巡り対立。
西條は手術が成功しやすい手術支援ロボット『ミカエル』を使用した手術を提案しますが、その考えには『ミカエル』の権威をより押し上げたいという野心もありました。
そんな中、知ってしまった西條の信念を根底から揺るがす事実。
最終的に西條が下した決断とは?という、ガッチガチの医療サスペンスでした。
当然だけど、医師も人間
医療サスペンスで、医療用語が飛び交う小説ながら「ミカエルの鼓動」はとても読みやすい小説だったと思います。
読みやすい理由は、人間ドラマが中心だったからでしょう。
西條は患者の命を最優先にする高潔な人物ですが、同時に病院内での自分の権力を高めたい、という野心もあります。
結婚して十数年の妻がいますが、子どもに恵まれず、薄い関係性を続けています。
そして、そんな西條のライバルとなる真木。
小説の視点は主人公・西條のみなので、真木の心情は一切描かれません。
医師としての仕事ぶりは丁寧ですが、未熟な看護師への強い指導など他人への容赦ない厳しさも持ちます。
そんな真木の人間性は、小説の終盤で明かされました。
また、病院の経営戦略を担当する雨宮香澄、冷静な彼女の不可解な行動の裏にあった事実も胸を締め付けます。
当然ですが、医師も人間で、誰もが事情も過去も持っている。
それぞれの苦しみの中でもがく人間たちのドラマは読み応えが抜群でした。
医療ものといえば権力争い
医療もの小説をそんなに読んでいるわけではありませんが、医療ものといえば権力争い、というイメージは強いです。
この「ミカエルの鼓動」でも、大病院ならではの仁義なき権力争いが存分に楽しめました。
権力争いで優位に立つためには、とにかく実績を出さなければならない。
しかし、患者にも真摯に向き合い、1人でも多くの命を救いたい。
一見矛盾していない2つの思いが相反するものになったとき、それが西條の医師としての資格が問われた瞬間だったのだろうと思いました。
雪山での遭難から始まるこの「ミカエルの鼓動」。
誰が、なぜ、雪山に登っているのか。
その理由は物語の終盤、そして最後に明かされます。
ストーリーの情景を想像すると、とても洗練されている構成だと改めて思いました。
まるで映画のような場面転換はドラマティックで読み応え抜群です。
ここまで「ミカエルの鼓動」の感想でした。