京極夏彦さんの小説「今昔百鬼拾遺 河童」の感想です。
覗き魔に不可解な水死体、さらに偽造宝石まで。
夏の房総半島を舞台に繰り広げられる不思議な事件に、中禅寺敦子と呉美由紀、さらになぜか多々良先生が挑みます。
- 作者:京極夏彦
- 対象:中学生~
- エログロ描写なし
- 初出:「幽」vol.29(2018年6月)、「怪」vol.0053(2018年11月)、「幽」vol.30(2018年11月)
- 文庫版は2019年5月に刊行
- 短編集「今昔百鬼拾遺 月」にも収録
「今昔百鬼拾遺 河童」について
「今昔百鬼拾遺 河童」は京極夏彦さんのミステリーです。
中禅寺秋彦が憑物落としとして活躍する『百鬼夜行シリーズ』の短編7作目。
シリーズ全体としては16作目となります。
また、中禅寺敦子と呉美由紀、この2人が事件に巻き込まれていく「今昔百鬼拾遺」の2作目にあたります。
まずは、そんな「今昔百鬼拾遺 河童」のあらすじを掲載します。
「そうですね。その河童が――誰かと云うことです」
「河童が誰かって、中禅寺さんあんた」
小山田は顔を顰めた。昭和29年、夏。
複雑に蛇行する夷隅川水系に、次々と奇妙な水死体が浮かんだ。
3体目発見の報せを受けた科学雑誌「稀譚月報」の記者・中禅寺敦子は、薔薇十字探偵社の益田が調査中の模造宝石事件との関連を探るべく現地に向かった。
第一発見者の女学生・呉美由紀、妖怪研究家・多々良勝五郎らと共に怪事件の謎に迫るが――。
山奥を流れる、美しく澄んだ川で巻き起こった惨劇と悲劇の真相とは。百鬼夜行シリーズ待望の長編!
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時期は昭和29(1954)年7月ごろ。
夏休みがもうすぐはじまるというのどかな季節ですが、覗き魔という何とも不穏な事件が世間を賑わせていました。
それと同時に、なぜか下半身だけ丸出しの水死体が次々と上がるという不可解な事件も。
そんな中、薔薇十字探偵社の探偵・益田が中禅寺敦子に持ちかけたのは、模造宝石にまつわる事件でした。
一見、何のつながりもない3つの事件が徐々につながり、事件の背景が少しずつ浮かび上がってくる。
「今昔百鬼拾遺 河童」はそんなミステリーでした。
短編集「今昔百鬼拾遺 月」の2編目
短編集「今昔百鬼拾遺 月」の2編目にあたる小説。
短編集といっても、この「今昔百鬼拾遺 河童」だけで300ページを超えているので普通に長編ですが。
「今昔百鬼拾遺」シリーズは2025年現在で3編があり、今回の「河童」の他には
- 鬼
- 河童
- 天狗
があります。
この「今昔百鬼拾遺 河童」と、さらに短編2つが収録された「今昔百鬼拾遺 月」はこちら↓
「今昔百鬼拾遺 河童」感想・あらすじ
「今昔百鬼拾遺 河童」の感想とあらすじです。
あらすじといっても、具体的なストーリーには触れていません。
名コンビ+多々良先生
「今昔百鬼拾遺 河童」は、記者・中禅寺敦子と女学生・呉美由紀というコンビが事件解決に奔走するミステリー。
前作「今昔百鬼拾遺 鬼」から引きつづき、名コンビぶりを発揮しています。
今回は事件現場近くでたまたま出会うというところに運命的な部分を感じますね。
中禅寺敦子の冷静さと頭脳明晰さは変わらず。
呉美由紀は初めて登場した長編5作目「絡新婦の理」のときは中学2年生でしたが、いつの間にか高校生になり、ますます頼りがいが増していました。
ただ、相変わらず事件に巻き込まれているのは不憫です。
そして、今回の「今昔百鬼拾遺 河童」では、シリーズでおなじみの妖怪研究家・多々良勝五郎も登場します。
多々良先生はたとえ相手が敦子や美由紀であっても暴走を止めません。
ずっと暴走していますが、敦子も美由紀も非常に冷静なので、相対的に控え目になっている気はします。
通常運転の多々良先生は、今回は登場がなかった中禅寺秋彦の代わりとして河童にまつわる情報を説明してくれました。
中禅寺秋彦よりもフットワークが遥かに軽いため、これからもこのような形で登場することがあるかもしれません。
ややこしすぎる河童たち
「今昔百鬼拾遺 河童」は、まるで河童が犯人なのでは?と思えるような事件が発生します。
河童のイメージは『水辺にいる妖怪』。
この「今昔百鬼拾遺 河童」では
- 水回りであるトイレ・お風呂の覗き魔
- 下半身に衣服を身に着けていない遺体
という事件が同時期に発生しています。
河童=水回り、というのは、まあ何となく分からないではない、というイメージですよね。
さらに、下半身だけ衣服を身に着けていない遺体というのもいかにも河童の犯行と思わせます。
河童には『尻子玉を抜く』という俗説があります。
尻子玉とは、調べてみると『架空の臓器』とみなされていて、抜かれると腑抜けになるとか。
この尻子玉は河童が肛門から手を突っ込み、抜き取るとされています。
つまり『遺体が下半身に何も身に付けていないのは、河童が尻子玉を抜き取ったせいだ!』という仮設が成り立ってしまうのです。
もちろん「今昔百鬼拾遺 河童」での時間の犯人は河童ではありませんでしたが。
そんな、いかにも河童のせい、といえる事件が起こる最中に、呉美由紀が同級生たちとする河童談義がなかなか複雑でした。
日本には、各地に「河童」のような妖怪がいる。
もともとは別の存在だったはずですが、いつの間にか、画一的に「河童」とされてしまった妖怪たち。
毛むくじゃらだったり、赤かったり、猿のようだったり、河童にもさまざまあるのがややこしくもあり、面白かったです。
本当の事件との関係も
「今昔百鬼拾遺 河童」は、本当に起きた事件と、小説内の事件が関係している部分もあり、時代に翻弄された人たちの人生についても考えさせられました。
まず、シリーズ全体に言えることですが『百鬼夜行シリーズ』は太平洋戦争後が舞台。
「今昔百鬼拾遺 河童」の時点で昭和29年なので、終戦から9年しか経っていません。
戦争により人生が狂わされた人たちの苦しみはずっと一貫して描かれています。
そして、この「今昔百鬼拾遺 河童」では、戦後である1954年3月1日に発生した「第五福竜丸事件」により人生を狂わされた人たちについても描かれています。
第五福竜丸事件とは、アメリカ・ビキニ環礁で行われた水爆実験に巻き込まれたマグロ漁船・第五福竜丸の乗組員23人が被爆した事件のこと。
第五福竜丸事件のことは知っていましたが、この事件により水産業が影響を受け、壊滅的な状況になっていたことは知りませんでした。
近年でも、原子力発電の汚染水問題による水産物の取り扱いでいろいろありますが、そういう風評被害はいつの時代にもあったのだと思わされます。
今回の「河童」事件は、この第五福竜丸事件がきっかけになって起こったようなもの。
フィクションの「河童」事件ではないにしろ、この時代に同じように苦しんでいた方たちがいたことに思いを馳せるきっかけとなりました。
夏の千葉、房総半島で起こる、人死にが出ているにもかかわらず、どこかのどかな事件。
清流を辿った先にある思いもよらぬ真実に驚きます。
ここまで「今昔百鬼拾遺 河童」の感想でした。

