西加奈子さんの小説「窓の魚」の感想です。
この小説は恋愛小説なのか?はたまた、サスペンス小説なのか?
意見は分かれるでしょうが、西加奈子さんの美しい文章によってあぶり出される人間のドロドロした部分を楽しめる純文学的な小説です。
謎を残して終わる、薄暗い余韻が特長でもある小説でした。
- 作者:西加奈子
- 対象:中学生~
- 性的な描写あり
- グロテスクな描写ややあり
- 2008年6月に新潮社より刊行
- 2010年12月に文庫版も刊行
「窓の魚」あらすじ
「窓の魚」は西加奈子さんが手がけた長編小説です。
ジャンルは分けるのが難しいのですが、公式では恋愛小説となっていました。
よって、恋愛小説なのだろうと思います。
しかし、わたしの中では完全にサスペンス小説でした。
そんな「窓の魚」のあらすじを掲載します。
温泉宿で一夜を過ごす、2組の恋人たち。静かなナツ、優しいアキオ、可愛いハルナ、無関心なトウヤマ。裸の体で、秘密の心を抱える彼らはそれぞれに深刻な欠落を隠し合っていた。決して交わることなく、お互いを求め合う4人。そして翌朝、宿には一体の死体が残される──恋という得体の知れない感情を、これまでにないほど奥深く、冷静な筆致でとらえた、新たな恋愛小説の臨界点。
窓の魚―Amazon.co.jp
「窓の魚」では男性2人・女性2人という2組のカップルが、山深い田舎の温泉宿に遊びに来るところから始まります。
物語が始まった時点で、登場人物たちにビックリするほど覇気がありません。
20代後半の若者たちなのにキャピキャピもウキウキもせず、ただ惰性のように温泉宿にやってきたのです。
小説ではこの4人それぞれが思い思いに過ごす温泉宿での一夜が描かれます。
季節の名前が付けられた登場人物たち
「窓の魚」は、章ごとに温泉宿に泊まりに来た4人の男女の名前
- ナツ
- トウヤマ
- ハルナ
- アキオ
がタイトルになっています。
各章はそのタイトルになった登場人物たちの語りにより物語が展開。
同じ1日を同じ場所で過ごしている4人ですが、人が変わると物語は全く違う見え方をします。
その見え方の相違、そして前章で語りだった登場人物の不可解な行動が明らかになるさまを楽しめるのが、この「窓の魚」の肝だと思います。
また、劇中で言及されるわけではありませんが、登場人物たちの名前はすべて季節に因んだもの。
そして、この章の並びは「夏→冬→春→秋」は、物語の序盤で語られる山の季節に因んだものと考えられます。
「ここは紅葉などせず、もしかしたら秋よりも早く、冬がやってくるのかもしれない。」
この言葉はナツの心の中での呟きですが、言葉通りナツのあとに冬に因んだトウヤマが、そして冬の後にはハルナの章が始まります。
意図的に一番最後に回された秋のアキオの章は、物語全体の伏線回収とも言える章。
ただ物語の不思議だった点が分かる一方で、最後まで明らかにならなかったこともありました。
※この最後まで明らかにならなかった部分については後述します。
さわやかで美しい表紙にだまされる
この小説「窓の魚」は、表紙詐欺とも言える作品でした。
「窓の魚」の表紙(単行本)は↓になります。
さわやか青色とで幻想的な光の反射が美しい表紙ですよね。
この表紙を見て手に取ったわたしは、当然のごとく『さわやかな青春小説なのだろう』と想像しページをめくりました。
しかし、全然さわやかな話じゃなかったです。
西加奈子さんらしいドライな文体ですが、内容的には非常にドロドロしています。
若者たちの青春群像劇、と説明しても間違ってはいませんが、全体的にどんよりしている青春模様です。
したがって、もし『さわやかで清々しい気分になれる青春小説が読みたい!』と思っているなら、この「窓の魚」はオススメできません。
- ドロドロした恋愛模様
- 人間のイヤな部分が明るみに出る人間ドラマ
- 謎が深まるサスペンス展開
など暗い感じの話が読みたいという方にはぜひにとオススメします。
<ネタバレ注意>「一体の死体」の謎について
「窓の魚」では1章目「ナツ」の終わりに突然フォントが変わり、ある人物のインタビューのような文章が始まります。
そこで初めて、ナツたち4人が温泉宿に来た翌日に「女性」の死体が宿の池で発見されたことが判明。
しかし、その女性の正体は明かされず、またどのように亡くなったかも定かではありません。
そして「死体が発見された」という事実のみ分かり、その後の捜査の進展なども書かれていません。
それにより、「窓の魚」の読了後には
- 死体となって発見された女性は誰なのか?
- 死因は何なのか?(劇中では「自殺」とされています)
という疑問が残り続けます。
そこで、気になったので少しわたしなりに考えをまとめてみました。
謎その1
謎その1は「死体の正体」についてです。
その死体は女性。
しかし、宿帳に書いてあった名前・住所はまったくのデタラメだったと書かれています。
この女性の死体は、一体誰だったのでしょうか?
「窓の魚」に登場する女性は、温泉宿に泊まっていた人のみでは
- ナツ
- ハルナ
- トウヤマが「あの女」と呼ぶ人物
- 旅館の女将
- 年配の宿泊客
の5人でした。
このうち「旅館の女将」と「年配の宿泊客」の2人は事件後のインタビューに答えているので外します。
残った3人のうち、おそらくナツ・ハルナは違うと思います。
女将のインタビューの中で、ハルナが温泉でのぼせたナツを介抱しているときに遭遇したエピソードを語っていますが、もし2人のどちらかが亡くなっているならそのことに言及するはずです。
また、ナツはアキオと同じ会社で働いているので身元は確か。
さらに、ハルナも自身の運転免許証を持っているため身元は判明します。
(誰かが故意に隠せば別ですが・・・)
よって、残ったトウヤマが「あの女」と呼ぶ人物が死体ではないかと思われます。
謎その2
謎その2は「女性の死因」です。
「窓の魚」劇中では『薬を服用し自殺』とされていましたが、小説ではそのシーンは書かれていません。
書く必要がなかった、というよりは意図的にぼかされている気がしました。
というのも、小説の最後の項が、その1つ前の項の終わりからすると、あまりにも唐突すぎるのではないかと思ったからです。
アキオと一緒にいた女性が姿を消す。
空白の行を挟み「得体の知れない満足感に包まれていた。」アキオ。
この空白にあったであろう「何か」によりアキオは満足感に包まれることになり、その後の文章からもアキオがその空白に「何か」を行ったことが推測されます。
アキオは何をしたのでしょう?
ここからは、完全にわたしの推測なのですが、アキオは女性を殺したのだと思います。
ただ、女性はアキオとの会話で希死観念があることを告白しているので、自殺幇助のような形だったのではないかとも思います。
死体となった女性は薬を飲んで亡くなりました。
その薬を提供したのが、常日頃からナツに幻覚剤を飲ませていたアキオだったのではないかと思えるのです。
そして、アキオは女性が薬を飲んで死ぬ様子を見ていたのではないでしょうか。
アキオの回想では、母親が夜中にペットの老犬に薬を飲ませ殺す様子を眺めていたというものがありました。
その老犬の死体を、アキオは「この世で最も美しいもの」と思い返しています。
その美しいものを再現するために、かつて母親が老犬にしたことを、今度はアキオ自身が女性に行ったのではないかと考えられます。
タイトル「窓の魚」の意味
長々と「窓の魚」の謎について語ってしまいました・・・。
そこまで自信はないですが、それなりに的を射た考えなのではと思います。
そんな「窓の魚」のタイトルは、温泉宿の風呂に面した鯉の水槽を表しているのだと思います。
ちょうど目線の高さに鯉の水槽がある温泉。
想像すると、気持ち悪いというかなかなかグロテスクです。
女性の死因など真相を知っているのは「窓の魚」のみですね。
最後になりますが、文庫版では作家の中村文則さんが解説を務めています。
西加奈子さんの小説を中村文則さんが解説する・・・、2人とも好きな作家さんなのでとても興奮します。
一筋縄ではいかない、サスペンスも楽しめる恋愛小説「窓の魚」の紹介でした。