ステイホームで家族一緒に過ごす時間が増えた今。
家族との関係を見つめ直すきっかけになったという方も多いのではないでしょうか?
そんな方におすすめなのが島本理生さんの小説「ファーストラヴ」です。
ドラマ・映画化された直木賞受賞作「ファーストラヴ」の魅力をお伝えします。
- 作者:島本理生
- 対象:中学生~
- 性的な描写あり
- グロテスクな描写ややあり
- 2018年5月に文藝春秋より刊行
- 2020年2月には文庫化
- 第159回直木三十五賞 受賞作品
- 2020年2月にNHKでドラマ化
- 2021年2月に実写映画化
「ファーストラヴ」あらすじ
「ファーストラヴ」は島本理生さんのミステリー小説です。
島本さんはこの「ファーストラヴ」で直木賞を受賞。
同作は大きな話題を呼び、ドラマ化・映画化されるなど高い人気を博しています。
そんな小説「ファーストラヴ」のあらすじを掲載します。
夏の日の夕方、多摩川沿いを血まみれで歩いていた女子大生・聖山環菜が逮捕された。彼女は父親の勤務先である美術学校に立ち寄り、あらかじめ購入していた包丁で父親を刺殺した。環菜は就職活動の最中で、その面接の帰りに凶行に及んだのだった。環菜の美貌も相まって、この事件はマスコミで大きく取り上げられた。なぜ彼女は父親を殺さなければならなかったのか?
臨床心理士の真壁由紀は、この事件を題材としたノンフィクションの執筆を依頼され、環菜やその周辺の人々と面会を重ねることになる。そこから浮かび上がってくる、環菜の過去とは? 「家族」という名の迷宮を描く傑作長篇。
ファーストラヴ(小説)―Amazon.co.jp
わたしは、この「ファーストラヴ」を読むまで同作を恋愛小説だと何となく認識していました。
タイトルが「ファーストラヴ」=「初恋」という連想ですね。
しかし「ファーストラヴ」は恋愛要素もありますが、基本的には謎を解き明かしていくミステリー小説です。
同作での謎は犯罪加害者となった大学生・聖山環菜の心。
就職活動中だった環菜は父親を刺殺し、拘置所に拘留されていました。
そして取り調べの際「動機はそちらで見つけてください」とのショッキングな発言をします。
なぜ環菜は父親を殺したのか?
そんな環菜の心を、主人公である臨床心理士・真壁由紀が弁護士・庵野迦葉(あんのかしょう)が環菜の生い立ちから探っていくというのが「ファーストラヴ」のストーリーです。
2020年にドラマ化
「ファーストラヴ」は2020年2月にNHK・BSプレミアムにてドラマ化されています。
ドラマはAmazonPrimevideoから視聴できます↓
出演は真木よう子さん、上白石萌歌さん、黒木瞳さんなど。
単発の2時間ドラマでしたが、キャストがとても豪華ですね。
2021年に実写映画化
さらに「ファーストラヴ」は2021年2月に実写映画が公開されました。
全国公開された話題作だったので、ご存じの方も多いのではないでしょうか?
監督は堤幸彦さん。
出演は北川景子さん、芳根京子さん、中村倫也さん、木村佳乃さんなどでした。
有名監督&豪華キャストの競演ですね。
「母親」という存在に苦しむ子どもたち
父親を刺殺した娘の心理を探る物語。
と書くと、この「ファーストラヴ」は娘と父の物語のように思えます。
実際、わたしもこのあらすじを知ったときは娘と父親の確執を描いた小説だと思っていました。
けれども、最後まで読むと「ファーストラヴ」に関する印象は大きく変わることに。
この「ファーストラヴ」は娘と母の物語でした。
二組の娘と母親
「ファーストラヴ」には二組の娘と母親が登場します。
一組目は父親を刺殺した環菜とその母親。
そして、二組目は環菜の心理を探る由紀とその母親です。
環菜と母親の関係性は、物語が進むにつれ、徐々に異常性が浮かび上がってきます。
娘に「あなたは嘘つき」と言い続ける母親の元で育った環菜。
母親は環菜が事件を起こした後も、環菜を庇うどころか検察側の証人として娘を糾弾します。
環菜は「すべて自分が悪い」と言い続け、その呪縛が解けた後も最後まで母親に悪感情を抱いていません。
父親と環菜の関係も読んでいて気持ちが悪くなるくらいに不快でしたが、環菜の人格を作り上げ、事件を起こすまで追い詰めたのは母親だと思うとさらにイヤな気分になりました。
そして二組目である由紀と母親の関係は、表面的には壊れていない分ゾワゾワしました。
娘の成人式の日に父親のある秘密を打ち明ける心理。
娘の迷惑を全く考えずに何かと世話を焼きたがる過干渉な心理。
前者は悪意が感じられるものの、後者は無神経なだけで善意も感じられるのでキツいところだと思いました。
ただ難しいのは母親の気持ちも分からないでもないところです。
島本理生さんは、過去の作品でも「親子だから」という呪いに縛られる娘を書いています。
しかし、この「ファーストラヴ」では普通にいそうな、でもとても厄介な母親を描いているのでゾワゾワさせるのでしょう。
わたしは母親との関係が普通に良好だと思うので、他人の家庭を覗き見しているようで怖かったです。
物語の本筋に絡むわけでも、出番が多いわけでもありませんが、正直、由紀の母親の方に強烈な印象を感じずにはいられませんでした。
息子と母親の物語でもある
殺人犯となった娘と母親。
そして家庭を持った娘に過剰な干渉をしてくる母親。
そんな娘と母親の関係を「ファーストラヴ」ですが、劇中ではある息子と母親の関係についても描かれます。
息子は由紀の義理の弟である迦葉(かしょう)です。
迦葉は由紀の夫の弟ですが、夫と迦葉は本当の兄弟ではありません。
本当の母親との間に起きたある出来事により、夫の両親に引き取られたという過去を持ちます。
性別こそ違えど、ここにも母親との確執が描かれます。
しかし迦葉と母親との関係性はすでに修復できないくらいに壊れていました。
そう考えると、環菜や由紀と母親の関係はギリギリのところで保たれています。
けれども環菜は母親との関係性を守るために事件を起こしてしまいます。
そして、もしかしたら由紀も、迦葉や環菜のように一線を越えていたかもしれない。
そんな危うい母と子の関係を「ファーストラヴ」では描いていたのかもしれません。
それでも家族は苦しめるだけの存在ではない
子どもを苦しめる家族の存在が中心にある「ファーストラヴ」ですが、家族は苦しいだけの存在ではないとも伝えています。
由紀が自分で手に入れた家族、夫と息子はとても良い家族です。
理解がある夫と、少しませながらも母親の気持ちを慮る優しさのある息子。
そんな温かい家庭があるからこそ、由紀は心を偽り続ける環菜に立ち向かえたのだろうと思いました。
「ファーストラヴ」は「初恋」ではない?
同作のタイトル「ファーストラヴ」は『初恋』と訳す人が大半だと思います。
しかし、同作の内容をみると『初恋』は当てはまらない気がしました。
「ラヴ」=「LOVE」なので『愛』と訳します。
しかし「ファースト」=「FIRST」は色々な意味を持つ言葉です。
初恋のように『最初の』とも訳せますが、都民ファーストのように『第一の』とも訳せます。
また、ファーストには『最高の』という意味もありました。
正直、どの意味もピンときません・・・。
と悩んでいたとき、作者・島本理生さんが「ファーストラヴ」というタイトルに言及しているインタビュー記事を見つけました。
それによると島本さんは、
「例えば、愛情のように見せかけて実は身体が目当てだったりとか、特に若いころには、恋愛と見せかけた危ないものが周りにたくさんあるものです。そのため、恋愛とは似て非なるものを混同している女性って、実はすごく多いんじゃないかと思うんです。“あのときの恋愛は実は恋愛ではなかったのかもしれない” “本当は悲しい気持ちを押し殺していたのかもしれない”。読んだ方に少しでもそうした気づきがあればと思い、この小説に“初恋”という意味のタイトルをつけました」
週刊女性Prime
「ファーストラヴ」の意味は『初恋』で合っていたようです。
しかし、一般的に想像する初恋ではなく、読者自身の初恋への気付きを促すためのタイトルだったようです。
それを受けて考えると「ファーストラヴ」は、家族によって初恋を歪められた女性の物語、とも言えますね。
春からなかなかヘビーな小説ですが、環境が大きく変わる春こそ重い家族の問題に向き合えるチャンスかもしれません。
また、小説を読んで自分の初恋を思い返すきっかけになるかもしれません。
「ファーストラヴ」は楽しい話でもさわやかな話でもありませんが、心に深く残る小説でした。