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「星のように離れて雨のように散った」島本理生 2020年の夏と『銀河鉄道の夜』

星のように離れて雨のように散った 島本理生 イメージ 小説
PexelsによるPixabayからの画像

島本理生さんの小説「星のように離れて雨のように散った」の感想です。

パンデミックで変わった夏を舞台に、人生の分岐点に立つ大学院生の主人公の変化を描いた小説です。

宮沢賢治「銀河鉄道の夜」に深く触れる、異色の小説でもあります。

「星のように離れて雨のように散った」基本情報
  • 作者:島本理生
  • 対象:中学生~
    • 性的な描写あり
    • グロテスクな描写もややあり
  • 2021年7月に文藝春秋より刊行
    • 2023年9月に文庫化

「星のように離れて雨のように散った」について

「星のように離れて雨のように散った」は島本理生さんの小説です。

舞台は2020年の夏、東京。

論文に悩む大学院生が、自身の過去と現在に向き合い、そして未来へ歩き出すまでを描いています。

まずは、そんな「星のように離れて雨のように散った」のあらすじを掲載します。

行方不明の父、未完の『銀河鉄道の夜』、書きかけの小説。三つの未完の物語の中に「私」は何を見い出すのか?人生の岐路に立つ女子大学院生を通して描く、魂の彷徨の物語。

世界が新型コロナウイルスに見舞われた夏、日本文学科の大学院生の春は創作による修士論文と宮沢賢治『銀河鉄道の夜』を扱った副論文の準備をしていた。未だ書かれずにいる春の小説と未完に終わった賢治の作品への思い。そこには幼いころに失踪した父の存在が影を落としていた。父との記憶を掘り起こすうちに、現在の自身の心の形も浮き彫りになっていく。すると、彼氏の亜紀君との関係が現在のままでよいのか、という疑問が春の中に生まれて……。

星のように離れて雨のように散った―Amazon.co.jp

近年の島本理生さんの作品はエンターテインメント系が多い印象でしたが、この「星のように離れて雨のように散った」は初期作のような純文学風の作品です。

静かで淡々とした、けれどもドラマティックな夏。

『2020年の夏』を背景に、幼少期の記憶と現在の恋愛を描いた小説となっています。

「銀河鉄道の夜」は読むべき

「星のように離れて雨のように散った」で大きな要素を占めるのが、宮沢賢治の小説「銀河鉄道の夜」です。

小説の主人公・春は大学院の論文として創作による修士論文、つまり小説形式での論文と、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」と宗教についての副論文に取り組んでいました。

しかし、どちらも難航し、行き詰まっているというところから小説はスタートします。

この「星のように離れて雨のように散った」のテーマとも言える「銀河鉄道の夜」。

少年ジョバンニとカンパネルラが銀河鉄道に乗り旅をする、というストーリーの「銀河鉄道の夜」。

読んだことはなくても、名前は知っているという方は多いでしょう。

わたしは10年以上前に読んだことがありますが、不思議で幻想的な世界観と切ないラストをおぼろげに覚えている程度です。

「星のように離れて雨のように散った」では、この「銀河鉄道の夜」の内容や結末に触れているので、余裕がある方はあらかじめ読んでおいた方が良いかと思います。


また、余談ですが、島本理生さんの小説でもわたしが特に好きな「よだかの片想い」も宮沢賢治の小説「よだかの星」がテーマとなっています。

島本理生さんと宮沢賢治の作風は全く違いますが、作品の根底にある触れたら壊れてしまいそうな繊細さなど通じる部分があるのかもしれません。

「星のように離れて雨のように散った」感想・あらすじ

「星のように離れて雨のように散った」の感想・あらすじです。

2020年の夏を切り取る

「星のように離れて雨のように散った」は2020年の夏が舞台です。

2020年の夏、といえば新型コロナウイルスにより制限されたありとあらゆるものが、少しずつ元に戻りかけた時期。

今ほど感染が広がっていたわけではありませんが、誰も彼も未知のウイルスに恐れ、自粛から抜け出せなかった時期だったかと記憶しています。

わたし自身、20年以上生きてきて、世の中があっさりと変わる様子を目の当たりにし戸惑っていたと思います。

ただ、今この文章を書いている2023年1月にもなると、わずか2年半前のことが遠い昔のことのように感じられます。

とにかく、このコロナ禍に慣れる前だったのは確実です。

「星のように離れて雨のように散った」の主人公・春の生活もコロナ禍で一変したことが小説の冒頭から描かれています。

リモート授業やマスク生活など、今では当たり前の光景になった出来事が、2020年の夏はまだ目新しい変化として描かれているのが眩しかったです。

パンデミックで変わったもの

↑の続きにもなりますが、この「星のように離れて雨のように散った」では、新型コロナウイルスのパンデミックにより変わったもの・変わらなかったものの両方が描かれています。

変わったものは生活様式。

そして、春にとっては交友関係にも大きな変化が訪れます。

環境の変化でそれまで親しくなかった人と一気に近しくなる。

そんな誰もが経験のあるような人と人との関係性がパンデミックにより生まれたのは、ある意味今しか書けない、今だからこそ書ける描写だったのではと思いました。

また、新たに始めた仕事での出会いも春にとって大きな変化のきっかけになります。

あんな物わかりが良くスマートな小説家が存在するのか?という疑問はさておき、とても魅力的な人物に描かれた小説家との関係は読んでいても心地よかったです。

どこか遠い恋人との距離感

「星のように離れて雨のように散った」は恋愛を描いた小説でもあります。

春の恋人・亜紀は、島本理生さんの小説に登場する男性キャラクターとしては珍しく、申し分がないほどの好青年です。

春と亜紀の間には大きな諍いが起きません。

それは諍いの気配を察すると、どちらかが(特に亜紀が)引いてしまうから。

だからなのか、静かで大きな問題が起きないのに、春と亜紀の関係はどこか不安定です。

互いが互いに対して必要以上に踏み込まないのは美徳ではありますが、あまりにも無関心だと関係が宙ぶらりんになっていく。

その春の他人との距離感が自身の過去によって形作られていたと分かり、向き合い、苦悩していく様子がこの「星のように離れて雨のように散った」のストーリーの中心でした。

少しずつ、少しずつ春の過去が明かされると、それまでの春の言動が腑に落ちます。

トラウマのような過去と向き合うのは痛みを伴いますが、向き合うことでしか前に進めないのはやはりつらいと感じました。

そして最後にサラッと明かされる亜紀が抱える過去も含めて、春が未来に向き合えるようになったのはよかったと思います。

とても良い結末でした。


多くを語るべき小説ではないと思いつつ、けっこういろいろ書いてしまいました・・・。

タイトル「星のように離れて雨のように散った」については、小説内で言及はなく、読後にはいろいろな意味合いを考えてしまいます。

『離れる』も『散る』も別れをイメージさせる言葉ですが、この小説では『解放』を表しているのでは、と勝手に考えました。

ここまで島本理生さんの小説「星のように離れて雨のように散った」の感想でした。

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