道尾秀介さんの小説「雷神」の感想です。
30年前に家族と逃げるように故郷を離れ、15年前には妻を不幸な事故で失った主人公。
そんな過去の辛い出来事たちと対峙していくなかで、主人公は想像を絶する真実に辿り着きます。
道尾秀介さんが自ら『理想のミステリーが書けた』と語る社会派ミステリーです。
- 作者:道尾秀介
- 対象:中学生~
- 性的な描写ややあり
- グロテスクな描写も少々
- 2021年5月に新潮社より刊行
「雷神」あらすじ
「雷神」は道尾秀介さんの小説です。
生まれ故郷で約30年前に起きた2つの事件と15年前に起きた悲劇。
事件たちが複雑に絡み合うことで新たな事件が発生していく。
そんな道尾秀介さんらしい社会派ミステリーです。
10年以上道尾秀介ファンをやっているわたしにとって満足な1冊でした。
そんな「雷神」のあらすじを掲載します。
埼玉で小料理屋を営む藤原幸人のもとにかかってきた一本の脅迫電話。それが惨劇の始まりだった。昭和の終わり、藤原家に降りかかった「母の不審死」と「毒殺事件」。
真相を解き明かすべく、幸人は姉の亜沙実らとともに、30年の時を経て、因習残る故郷へと潜入調査を試みる。
すべては、19歳の一人娘・夕見を守るために……。なぜ、母は死んだのか。父は本当に「罪」を犯したのか。
村の伝統祭〈神鳴講〉が行われたあの日、事件の発端となった一筋の雷撃。後に世間を震撼させる一通の手紙。父が生涯隠し続けた一枚の写真。そして、現代で繰り広げられる新たな悲劇――。ささいな善意と隠された悪意。決して交わるはずのなかった運命が交錯するとき、怒涛のクライマックスが訪れる。キャリアハイ、著者会心の一撃。
雷神―Amazon.co.jp
読み終わってみると「雷神」で起こる殺人事件は単純な話だったことが分かります。
しかし、殺人事件に関係している人たちの勘違いや誤解、さらには記憶の欠落が重なり事件がどんどん複雑になっていく。
そんな様相は実際の事件でもありふれたことなのではないか、と思いました。
また『家族が過去に犯した殺人事件の真相と向き合う』というストーリーは道尾さんの過去作「貘の檻」と似ています。
過去と現代が交差していき過去の真実に辿り着く。
このミステリーの構造は面白かったですが、読んでいる最中は非常に複雑でやや混乱しました。
ただ、田舎の風習・因習や祭りなどの描写は目に浮かぶようにリアルでした。
小説の舞台は主人公のふるさとではあるものの、どこかトラベルミステリーのようで面白かったです。
著者・道尾秀介渾身の1作
この「雷神」について、道尾秀介さんは
「昔の自分には絶対不可能だったと言い切れる、自信作です。僕が理想とするミステリーのかたちがいくつかあるのですが、そのうちの一つが書けました。これから先、僕が書く作品たちにとって、強大なライバルにもなりました。」――道尾秀介
雷神―Amazon.co.jp
と語っています。
自身にとって『理想とするミステリーのかたちの一つ』が書けたと話す道尾さん。
実際に、道尾さんの小説の中でも読み応えがある1作だったとわたしも思いました。
小説のキーアイテム「シロタマゴテングタケ」について
「雷神」の中で最大のキーアイテムともいえる毒きのこ『シロタマゴテングタケ』。
この『シロタマゴテングタケ』は実在する毒きのこです。
1本食べると死に至るほど猛毒で、この「雷神」の舞台でもある新潟県では『イチコロ』とも呼ばれています。
『イチコロ』と呼ばれているというのは、小説中でも言及がありましたね。
『シロタマゴテングタケ』の画像は↓
スゴく普通のきのこですよね・・・。
ちなみに、欧米では『破壊の天使(Destroying angel)』という物騒な名前も持っています。
この『シロタマゴテングタケ』は日本の山林にもごく一般的に生えているきのこ。
かさの大きさは5~10cmと大きめの椎茸くらいのサイズです。
また『シロタマゴテングタケ』には色が茶色の『タマゴテングタケ』、黒色(濃い茶色)の『クロタマゴテングタケ』という色違いもあり、いずれも有毒です。
山登りをする際などは、絶対にこんなきのこは食べちゃダメですね・・・。
※ちなみに「雷神」にはキーアイテムとなるきのこがもう1つ登場しますが、そちらのきのこも実在するきのこでした。調べていて、きのこが怖くなりました。
「雷神」の感想
道尾秀介さんの小説「雷神」のネタバレなし感想です。
辛すぎるプロローグ
「雷神」の物語は(表記はありませんが)プロローグから始まります。
主人公は28歳の青年・藤原幸人(ゆきひと)。
父親の南人(みなと)が経営する料理店で料理人見習いとして働く幸人は、明るい妻と4歳の娘・夕見(ゆみ)と幸せいっぱいに暮らしていました。
しかし、そんな幸人の幸せな生活を根底から壊す『事故』が起き、妻を失ってしまいます。
この『事故』はとにかく辛いです。
まさにボタンの掛け違いと言うべき、誰も悪者がいない『事故』でした。
『事故』の真相を夕見にひた隠しにし、平穏な暮らしを守ってきた幸人。
けれども、『事故』から15年後のある日、かかってきた「娘の秘密を知っている」という脅迫電話ですべてが一変します。
この『事故』の真相を娘に伝えなかったために新たな事件が発生していくというのが、この「雷神」の重すぎる要素でしょうか。
ただ、父親として娘に伝えられるはずがない、という点は苦しいくらいに共感できます。
でもこの時点で何か出来ていたら、と思うとやり切れない気持ちもありました。
道尾秀介さんらしい言葉遊び
道尾秀介さんの小説といえば、言葉の文字を入れ替えるアナグラムや漢字を解体して別の漢字にする文字遊びなどの言葉遊び。
代表的な作品だと「カラスの親指」のアナグラムでしょうか?
最近はあまり登場しなかった印象ですが、この「雷神」では言葉遊びがとても重要な役割を果たしています。
読後に文中にある扉写真をよく見ると「たしかに!」と少し興奮してしまいました。
また、主人公・幸人が父親・南人から『もっと広い世界で生きてほしいから枠を外した』という意味で付けられた名前というのがわたし自身一番グッときました。
南という漢字の枠を外すと幸になる。
今まで20年近く漢字を使ってきたのにまったく気付きませんでした。
この命名も含めて、父親・南人の切実な思いが全編を通して伝わってきます。
「雷神」は2人の父親が子どもに真実を隠し通した話だったのだな、と思いました。
ただ、隠し通して亡くなった南人の一方、幸人の戦いはこれからも続きます。
そして、この「雷神」のラストですが、実に後味が苦いです。
最後の最後に大爆発寸前の爆弾を置いて行かれたようなラストでした。
事件はすべて解決したものの、幸人にとっては『これから』が本当の正念場なのではないか。
そう思わずにはいられないラストでズッシリ重いお土産を残した小説「雷神」の感想でした。
↓で「雷神」の2章までの時系列をまとめてみました。
わたしが個人的にまとめたので間違っている部分があるかもしれません。ご容赦ください。
- 昭和63年11月
(1988年)主人公の母親・英が亡くなる幸人:12歳(小学6年生)
- 平成元年11月
(1989年)幸人と姉・亜沙実が雷に打たれる
同じ日に「毒キノコ事件」が発生・2人死亡幸人:13歳(中学1年生)
- 12月10日神主・太良部容子が幸人の家を訪ねる
その直後、容子は自宅で首を吊る
- 雷に打たれ、昏睡状態だった亜沙実が目を覚ます
- 平成2年頃冬幸人ら家族3人は羽田上村を離れ、埼玉県に引っ越す
- 2004年幸人の妻・悦子が事故で亡くなる
幸人:28歳
- 現在・2019年幸人が謎の男から脅迫電話を受ける
幸人:43歳