道尾秀介さんの小説「N」の感想です。
読む順番が決まっていない、決めるのは読者であるあなた!
そんな挑戦的な小説を道尾秀介さんが書き上げました。
6人の主人公たちが織りなす、少しずつ交わった6つの物語。
読者によって結末が変わる、まったく新しい読書体験です。
- 作者:道尾秀介
- 対象:中学生~
- エログロ描写なし
- 2021年10月に集英社より刊行
「N」の特徴
「N」は道尾秀介さんの小説です。
6編の連作短編が収録されているこの「N」ですが、本作は今までの小説にはない奇妙な作りになっています。
まずは、そんな「N」のあらすじを掲載します。
全六章。読む順番で、世界が変わる。
あなた自身がつくる720通りの物語。すべての始まりは何だったのか。
結末はいったいどこにあるのか。「魔法の鼻を持つ犬」とともに教え子の秘密を探る理科教師。
「死んでくれない?」鳥がしゃべった言葉の謎を解く高校生。
定年を迎えた英語教師だけが知る、少女を殺害した真犯人。
殺した恋人の遺体を消し去ってくれた、正体不明の侵入者。
ターミナルケアを通じて、生まれて初めて奇跡を見た看護師。
殺人事件の真実を掴むべく、ペット探偵を尾行する女性刑事。道尾秀介が「一冊の本」の概念を変える。
N―Amazon.co.jp
読む順番が『自由』な短編集
「N」の最大の特徴は読む順番が指定されていないこと。
6つの短編が収録されていますが、そのサブタイトルの上には数字・番号は記されていません。
『どの短編から読んでもOK』ということで、小説の冒頭には各短編のさわりの部分が掲載。
まずはさわりの部分を一通り読み、そこで興味を持った短編のページにジャンプし読み始めるという形式となっています。
あらすじの『あなた自身がつくる720通りの物語』という言葉通り、短編を読む順番によって、この「N」の見える景色は大きく違ってくると実感しました。
この遊び心あふれた仕様は、まさに道尾秀介さんらしいと感じました。
文章が上下逆に掲載?
短編集で読む順番が自由、というのもなかなか奇妙な点です。
しかし「N」において最大の奇妙は文章が上下逆に掲載されている点でしょう。
これは本の帯により注意書きもされていますが、実際目にすると違和感満載です。
ある意味、この点が一番衝撃的な読書体験になりました。
下から本の紐が出ている光景はおそらくこの「N」でしか見られないでしょう。
この仕様は『章と章の物理的なつながりをなくすため』という作者・道尾秀介さんのこだわりによるもの。
確かに、本を回転させる、というわたしたち読者の物理的な行為によって短編同士はより独立して感じました。
つながりが薄くなることで、新たなお話を新たな気分で読める。
そんな新鮮な読書体験ができる、と言う意味でも楽しかったです。
「N」のあらすじ&感想
「N」は読む順番によって、救いがある話にも救いがない話にもなります。
ちなみに、わたしは「どうしようもなく救いがない順番」で読んでしまったので、読後は気分が沈みました・・・。
そんな「N」をあらすじと感想です。
舞台は港町
「N」の舞台は2つありますが、いずれも港町です。
1つは4編の舞台である日本の地方にある港町。
もう1つはアイルランドのダブリン。
日本の港町の方はおそらく架空の街ですが、アイルランド・ダブリンは実在の街で、アイルランドの首都でもあります。
小説の中で「ダブリンという街は、生まれ育ったあの街と、ちょうど東西が逆になっている」という文章があるので、実際のダブリンの地図を見てみると想像しやすいです。
ダブリンは視力検査で「右」と答えるときのような、ランドルド環の右部分が切れ、くぼんだ形をしています。
一方、日本の港町の方は東西が逆なので「左」と答える時の形。
小説中では「ひらがなの『つ』のような形」ともあり、こちらの方が想像しやすいかと思います。
わたしは海なし県で生まれ育ち、海の近くで暮らした経験はありません。しかし「N」を読んでいると、その街の匂いや暮らしぶりがひしひしと伝わってきました。
同じ街で暮らす・暮らした6人の物語
「N」に掲載された短編では主人公が短編ごとに異なります。
しかし、いずれも同じ港町で暮らす、または暮らしていた人たちです。
そして、その各主人公たちは他の主人公の一部と関わりがあったりします。
ある短編で主人公だった人が、別の物語では脇役になる。
また、ただ偶然に通りすがっただけの人物かもしれない。
そんな展開に、月並みですが人は自分の人生の主役であり、他人の人生の脇役であるという言葉を思い出しました。
誰かの行動が、他の誰かの人生を変えているかもしれない。
そんなこと日常にあふれているかもしれませんが、普通を特別美しく見せてくれるのが小説の醍醐味でしょう。
道尾秀介さんらしい、ありふれた奇跡の連続は、やはり好きだと思わせるストーリーでした。
さらに、主人公になっていないにも関わらず、複数の短編で主人公のような活躍を見せるキャラクターもいて面白いです。
別の人物の目を通して、ある人物の時間の経過を感じ、タイムスリップした感覚になりました。
選べる自由の怖さも感じる
何度も言いますが「N」は好きな短編から自由に読む順番が決められる小説です。
選び方は、読者によって千差万別。
その選び方によっては、先に読んだ短編によって別の短編のネタバレを受ける可能性もあります。
わたしはモロにネタバレを受けた1人。
前もってある登場人物の死を知ってから別の短編を読んだため、ずっと胸のザワつきが収まりませんでした・・・。
しかし、読者が知っているのはその「結果」であり「過程」ではありません。
「過程」を知らなければ、ストーリーの見え方は大きく変わるものだとも感心しました。
自身の直感のみで選ぶので、読む順番に正しい・間違いはありません。
そんなギャンブル的な面白さも味わえる、有意義な体験でした。
参考までに、わたしが「N」で読んだ順番を紹介してみます。
- 笑わない少女の死<3>
- 眠らない刑事と犬<6>
- 飛べない雄蜂の嘘<4>
- 名のない毒液と花<1>
- 落ちない魔球と鳥<2>
- 消えない硝子の星<5>
※ <>内は小説の掲載順です。
「N」をもっと楽しむ豆知識
「N」をもっと楽しむために、小説中に出てくる事柄について掘り下げてみました。
ルリシジミ
ルリシジミはチョウ目シジミチョウ科に属する蝶です。
表の羽根が鮮やかな瑠璃色をしているとても美しい蝶ですね。
ちなみに、羽根を閉じると↓のようにグレーで地味な印象です。
ルリシジミと名前だけ聞くとピンときませんでしたが↑の写真を見て、何度も見たことがある蝶だと気付きました。
日本では基本的にどの地域でも見られる蝶ですね。
「N」ではいくつかの短編で鍵となる存在。
これから読まれる方はその姿を目に焼き付けておきましょう。
天使のはしご(薄明光線)
ルリシジミと同様、こちらの天使のはしごも「N」に重要な存在でした。
存在といっても、天使のはしごは別名・薄明現象とも呼ばれる自然現象。
太陽が雲に隠れているときに、雲の切れ間・端から日の光が地上に差し込んでいる光景です。
わたしのイメージはアニメ「アンパンマン」です。
太陽の光が線となって海に降り注いでいる姿は確かに美しいですよね。
「N」には、この天使のはしごだけでなく、もっと珍しい現象も登場します。
ストーリーの美しさだけでなく、わたしたち読者が実際に目にすることができる蝶・自然現象が取り入れられており、一気に引き込まれますね。
『読者に自分だけの物語を体験して欲しい』との思いで書かれた「N」。
小説が読む人にとって千差万別であるということは当然ですが、読み方まで720通りもあるという又とない読書体験ができわたしは大満足です。
同じ出来事でも、違う側面から見たらまったく別物に見える。
そんな道尾秀介さんの小説「N」の感想でした。