原田マハさんの小説「常設展示室」の感想です。
6つのアート小説からなる短編集で、女性の人生と、その人生に影響を与えるアートの物語が描かれています。
アート小説を読み慣れていない&初心者でも読みやすい、人間ドラマあふれる小説でした。
- 作者:原田マハ
- 対象:中学生以上
- エログロ描写なし
- 2018年11月に新潮社より刊行
- 2021年10月に文庫化
「常設展示室―Permanent Collection―」あらすじ
「常設展示室―Permanent Collection―」 (以下「常設展示室」で統一します)は原田マハさんの短編集です。
この「常設展示室」には6つの短編が収録されています。
主人公は短編ごとに違いますが、6人とも女性で、形こそ異なりますが絵画と接点を持っています。
そんな「常設展示室」のあらすじを掲載します。
ゴッホ、ピカソ、フェルメール。
6枚の絵画と人生が交差する傑作短編集。いつか終わる恋をしていた私。不意の病で人生の選択を迫られた娘。忘れられないあの人の記憶を胸に秘めてきた彼女。運命に悩みながら美術館を訪れた人々の未来を、一枚の絵が切り開いてくれた――。
常設展示室―Permanent Collection― ―Amazon.co.jp
足を運べばいつでも会える常設展は、今日もあなたを待っている。
ピカソ、フェルメール、ラファエロ、ゴッホ、マティス、東山魁夷……実在する6枚の絵画が物語を彩る、極上のアート短編小説集。女優・上白石萌音さんによる、文庫解説を収録。
2021年10月に文庫版が刊行されたばかりです。
また、文庫では上白石萌音さんが解説をしているのも特徴ですね。
「常設展示室―Permanent Collection―」 各話あらすじ&感想
「常設展示室」の短編は、1つが30ページ前後でサクサク読めるのがポイント。
ストーリーは短いですが、1編でしっかり女性の人生が垣間見え、読み応えは十分でした。
1つ1つが独立した短編なので、時間がないときに少しずつ読み進められるのも嬉しいですね。
ここからは、そんな「常設展示室」の話ごとのあらすじ&感想です。
群青 The Color of Life
初出は小説新潮の2009年3月号。
ニューヨークのメトロポリタン美術館で働く美青(みさお)が主人公です。
アシスタントプログラマーとして障がいを持つ子ども向けワークショップの企画を進行させていた美青は、ある日、目の不調から眼科を受診することに。
そこで美青は進行性の眼病を患いながらも、食い入るように絵画の写真を見つめる少女に出会います。
絵画が好きな少女のため、美青は少女の母親にワークショップへの参加を勧めるのですが・・・。
テーマとなる絵画はピカソが『青の時代』に描いたもの。
ピカソの『青の時代』は1901~1903年頃に描かれた作品の総称です。
まだピカソが世に出る前の20代前半で、うつ病にかかっていた頃の作品といわれています。
『青の時代』の絵画は全体的に青の色調で統一され、物寂しい雰囲気の絵画たちです。
その『青の時代』のうち「盲人の食事」という絵が特に取り上げられています。
「盲人の食事」はやはり物寂しい感じの絵で、静かな印象です。
ピカソといえばキュビズムなどカラフルで鮮やかなイメージがあったので意外でした。
しかし、この「群青」の美青はこの作品に希望を見出します。
美青の心情を受けると、暗いと感じた「盲人の食事」を違う観点から見ることができます。
デルフトの眺望 A View of Delft
初出は小説新潮の2018年1月号。
主人公は大手ギャラリーの営業部長(ディレクター)である七月生(なづき)。
ストーリーは介護付き高齢者住宅で暮らしていた父親が亡くなるところから始まります。
8歳年下の弟・七生(ナナオ)に父の介護を任せきりだったなづき。
入院の知らせを受け病院を訪ねると、そこには変わり果てた父親の姿がありました。
リアルな高齢者の介護描写や姉弟の微妙な関係など、短いながらも人間ドラマが濃厚な話でした。
この話のテーマである作品はフェルメールの『デルフトの眺望』。
短編のタイトルでもあり、小説の表紙にも使用されています。
写真のように写実的で美しい絵画です。
短編で「窓」と表現されていますが、たしかにこの『デルフトの眺望』がかけてあったら、窓の景色と錯覚してしまいそうです。
デルフトはオランダの小都市で、1600年代半ばには多くの画家がこの地で切磋琢磨していたとのこと。
わたしのフェルメールのイメージは『真珠の耳飾りの少女』や『牛乳を注ぐ女』など人物画でしたが、風景を描いた作品もとても美しいと思いました。
マドンナ Madonna
初出は小説新潮の2018年3月号。
この前に収録されている「デルフトの眺望」の主人公・なづきのパートナーとして働くあおいが主人公です。
一人暮らしの高齢の母を持つあおい。
母親は最近手術をしたばかりということもあり、電話が来れば、いつどんなときでも出るようにしていました。
たとえその電話の内容がなんてこともない内容でも。
大事な商談中にもかかってきた電話で母親に辛く当たってしまったあおい。
そんな中、あおいはアートとは無縁だった母親にとって唯一のアートとの接点とも言えるある出来事を思い出します。
母と子の話を描いた短編で、ほのぼのとした中にもどこか冷たい悲しさがあるストーリーでした。
どうしても別れの近さが感じられてしまい、切なくなります。
そんな「マドンナ」のテーマである絵画はラファエロ『大公の聖母』。
幼いイエス・キリストを抱く聖母マリアを描いた作品で、黒い背景に2人の姿がくっきり浮かび上がっているのが特徴的です。
肌の質感や服の布地などがリアルに描かれ、見ているだけで優しい気持ちになれる聖母子像です。
母と子の話を描くのにピッタリの作品ですね。
薔薇色の人生 La Vie en Rose
初出は小説新潮の2018年5月。
主人公は県の地域振興局・パスポート窓口で派遣社員として働く多恵子。
いつものようにパスポートの受け付け業務を担当していると、ダンディな年配の男性から窓口の後ろに飾ってある色紙について尋ねられます。
フランス語で『La Vie en Rose』、薔薇色の人生と描かれたその色紙によって、多恵子とその男性は急接近することに・・・。
甘く苦々しい大人の恋愛を描いたお話でした。
唐突で呆気ない結末は少し笑いがこみ上げるほどで、清々しさすら感じました。
テーマとなった絵画はゴッホの『ばら』。
ゴッホといえば『ひまわり』が有名ですが、この『ばら』も生命力あふれるダイナミックなタッチが特徴的な絵画でした。
赤いばらではなく白やピンクの淡い色合いなのがキレイです。
とげとげしさがないばらの絵は、まさにこの「薔薇色の人生」に相応しい作品だと思います。
豪奢 Luxe
初出は小説新潮の2018年7月号。
主人公は24歳の女性・紗季。彼女だけ他の短編の女性よりも20歳ほど年下です。
紗季はギャラリーに勤めていたものの、妻子ある男性との関係を継続するため退社。
部屋でひたすら男の連絡を待ち続けるという日々を送っていました。
自分で選んだ道なのに、喪失感が消せない紗季。
そんな紗季はある日、男に誘われパリへ行くことになります。
これまでの4編はアクティブな女性を描いた話だったので、この急ブレーキにはややビックリします。
ただ紗季は元々はアクティブに夢を追いかけていた女性。
少し立ち止まっているものの、また歩き出せるという希望が見えたラストでした。
話のテーマはアンリ・マティスの『豪奢』。
マティスにとっては初期の作品で、後年のビビットな作品と異なり淡い色合いが特徴です。
アートに不勉強なわたしでも女性の強さを感じられる作品だと思いました。
紗季が今の自分を捨て、新たな道を歩くための背中を押す作品なのだと感じます。
道 La Strada
初出は小説新潮の2009年7月号。
主人公は美術評論家で、その美貌から時代の寵児ともてはやされている翠。
日本の芸術コンクールで審査員を務める翠は、審査の会場で1枚の絵に心を奪われます。
そしてそのまま幼い頃の兄との記憶、大学時代の出会いを思い出していきます。
短い作品なので話の細かい背景などが描かれていないのが残念に思えるくらい、面白い作品でした。
ぜひとも長編でじっくり読みたかったと思います。
兄とのささやかながらも幸せな記憶、ある青年との淡い思い出、そして現在。
3つの物語がつながるとき、悲しい事実が翠を待ち受けます。
展開は薄々予想できたものの、それでも感動してしまいました。
作品のテーマとなる絵画は東山魁夷の『道』。
奥に向かってまっすぐに伸びる道。
とてもシンプルで、なのに細かいところまで目がいく美しい作品です。
自分の道を見つける。
この「道」は2009年に発表されたもので、この当時の原田マハさんはまだアート小説を書き始めたばかりでした。
原田さんがアート小説の名手として人気を博すのは数年後です。
そんな時期に書かれたこの作品には原田マハさんの決意のようなものも感じられるようでした。
「常設展示室」は、アートそのものよりも、アートと日常を生きる女性の話といった小説でした。
本格的なアート小説よりも読みやすい作品だと思います。
原田マハさんのアート小説に興味がある方はまずはこの「常設展示室」からチェックしてみてください。