入り組んだ謎をじっくり楽しみたいなら、オススメなのは長編ミステリー。
しかし、時には気軽にミステリーを読みたいときもあります。
そんな時にオススメなのが「ハーリー・クィンの事件簿」。
アガサ・クリスティーが手がけた短編は、スキマ時間に上質なミステリーが味わえる傑作です。
- 中学生~
- エロ・グロなし
- 一部、時代背景上の差別表現あり
- 著者はアガサ・クリスティー
- 1編30ページほどの短編が12編収録
- 古典ミステリー
- 少しファンタジー要素も
「ハーリー・クィンの事件簿」のあらすじ
「ハーリー・クィンの事件簿」はアガサ・クリスティーが1930年に発表したミステリー短編集です。
1930年、つまり90年以上前に出された本だなんてビックリです!
わたしが読んだのは、2020年4月に刊行した創元推理文庫版です。
その創元推理文庫版では、
アガサ・クリスティ デビュー100年!
奇妙な人物クィン氏が関わる謎の数々、
著者ならではの人間観察が光る短編集。
名作ミステリ新訳プロジェクト
といううたい文句で作品を盛り上げていました。
「新訳」とあるように、訳が新しくなって登場した「ハーリー・クィンの事件簿」。
「海外小説は堅苦しくて苦手」という方でも読みやすい現代風の訳になっています。
それでは、この「ハーリー・クィンの事件簿」のあらすじを掲載します。
常に傍観者として、過剰なほどの興味をもって他者の人生を眺めて過ごしてきた小柄な老人、サタスウェイト。そんな彼がとある屋敷のパーティで不穏な気配を感じ取る。過去に起きた自殺事件、現在の主人夫婦の間に張り詰める見えざる緊張の糸。その夜屋敷にを訪れた不思議人物ハーリー・クィン氏にヒントをもらったサタスゥェイトは、鋭い観察眼でもつれた謎を解きはじめる。女王クリスティならでは深い人間描写が光る12編を収めた短編集。
ハーリー・クィンの事件簿ーamazon.co.jp
あらすじにもあるように、「ハーリー・クィンの事件簿」は12編の物語からなる短編集です。
短編はすべて同じ世界観で、タイトルにもなっているハーリー・クィンなど共通の人物が登場します。
この「ハーリー・クィン」シリーズは、14の短編が発表されています。
つまり、この「ハーリー・クィンの事件簿」収録作以外にあと2編あります。
その2編は、
- 「愛の探偵たち」
- 「マン島の黄金」
という短編集にそれぞれ収録されているとのことです。
機会があったら読んでみようと思います!
著者であるアガサ・クリスティーについて
アガサ・クリスティーといえば、イギリスが生んだミステリーの女王!
代表作は名探偵ポワロシリーズ。
そのポワロシリーの中でも特に有名なのが、何度も映像化されている「オリエント急行殺人事件」でしょう。
「オリエント急行殺人事件」は中学生の頃に読んだのですが、内容を全く知らなかったのでトリックに度肝を抜かれました。
今思い返しても「何も知らなくて良かった」と思える面白さでした。
「ハーリー・クィンの事件簿」は、そんなアガサ・クリスティーが作家デビューから間もない時期に書いた作品です。
主人公=ハーリー・クィンではない?
「ハーリー・クィンの事件簿」と言うくらいだから、主人公であるハーリー・クィンが遭遇した事件を解決していくのだろうと思いますよね?
しかし、ハーリー・クィンはヒントを示すだけで、自ら事件を解決しません。
「じゃあ、誰が事件を解決するの?」と思うのも無理はありません。
事件を解決するのは、物語の語り手でもあるサタスウェイトという人物です。
探偵役・サタスウェイトについて
サタスウェイトは、イギリスの上流階級に属する70歳前後の老人です。
劇中でサタスウェイトが自ら「69歳」と話していますが、物語中では数年が経っているようなのであいまいです。
ただ、物語の舞台は1920年代のイギリス。
その当時のイギリスの平均寿命は40歳前後なので、非常に恵まれた人生を送ってきたことは想像できます。
そんなサタスウェイトは、人生というドラマの傍観者として生きてきた人物。
過剰なほどにゴシップ好きで、社交界の表から裏まであらゆることを知っています。
劇中で何度も「俗物」と表される人物ですが、博識であり、芸術に対する審美眼は本物。
「ハーリー・クィンの事件簿」は、そんな目の肥えたイギリス上流階級の老人が事件を解決していく物語です。
ハーリー・クィンの役割
「ハーリー・クィンの事件簿」において、ハーリー・クィンは事件を解決に導くという役割を果たしています。
ハーリー・クィン自らは事件を解決しません。
あくまでサタスウェイトを事件に導き、ヒントを出し、解決させるのが役割です。
目の前で繰り広げられる人生という名の舞台の観客だったサタスウェイト。
しかし、ハーリー・クィンとの出会いによって舞台の出演者となり、自ら物語を動かすようになるのです。
また物語が進むと、ハーリー・クィンは事件現場にサラッと顔を出すだけで、ヒントすら出しません。
その代わり、探偵役・サタスウェイトが自力で事件の謎を解いていくようになります。
成長する探偵というのは斬新ですよね。
主人公としてのハーリー・クィン
「ハーリー・クィンの事件簿」の探偵役はサタスウェイトです。
しかし、主人公という意味では、やはりハーリー・クィンが適任なのでしょう。
なぜなら、ハーリー・クィンは自ら物語を動かしていく能動的なキャラクターです。
一方、サタスウェイトはその動き出した物語に乗っかる受動的なキャラクター。
他の小説なら探偵の助手に甘んじているはずのサタスウェイトですが、同作ではハーリー・クィンが語らないため探偵役となっています。
自ら解いたナゾをわざわざ他者(サタスウェイト)に語らせる、と考えれば真の探偵役はハーリー・クィンと言えるでしょう。
ナゾが多いのも主人公として魅力的ですしね。
(ちなみに)原題は「ハーリー・クィンの事件簿」ではない
「ハーリー・クィンの事件簿」なのに、ハーリー・クィンが事件を解決しない同作。
「タイトル詐欺じゃないか!」と言う意見もごもっともです。
しかし、実は「ハーリー・クィンの事件簿」というのは日本語訳オリジナルのタイトル。
原題は「THE MYSTERIOUS MR QUIN」。
MYSTERIOUSには「神秘的」「謎めいた」という意味があるので、直訳すると「謎めいたクィン氏」となります。
「謎めいたクィン氏」であれば、物語の内容にもマッチしますね。
ハーリー・クィンは何者なのか?
ハーリー・クィンは、アガサ・クリスティーが手がけたミステリーシリーズ史上、最も謎が多い主人公と言われています。
実際、ハーリー・クィンは存在すらもあやふやな人物。
語り手・サタスウェイトの妄想という説もあるくらい謎すぎるキャラクターです。
そこで、ここからは「ハーリー・クィン」そのものについてまとめてみました。
「ハーリー・クィン」ってどういう意味?
そもそもハーリー・クィンとは、イタリアの即興喜劇「コメディア・デラルテ」のキャラクターであるアルレッキーノがモデルと言われています。
耳慣れない単語ばかりで混乱しますね。
このアルレッキーノは、
- 全面ひし形模様の衣装
- ずる賢い
- 人気者
という、どこかで見聞きしたことがあるような見た目をしています。
また、欧米では道化役者の代名詞。
つまりアルレッキーノとは道化師(ピエロ)のような存在です。
ハリウッド映画「ハーレイ・クイン」との関係
近年「ハーリー・クィン」と聞くと、映画「スーサイドスクワッド」のヒロインを思い浮かべます。
彼女が主人公の「ハーレイ・クインの華麗なる覚醒」なる映画も公開されていますね。
しかし、マーゴット・ロビーが演じたこのヒロイン「ハーレイ・クイン」と「ハーリー・クィン」は異なる存在!
名前や姿が似ていますが、完全に別物なので注意しましょう。
トリックスターという意味も
アルレッキーノにはトリックスターという意味もあります。
トリックスターとは物語の中で秩序を破り、物語を展開していく者。
この説明、まさにハーリー・クィンそのものです!
サタスウェイトは劇中で「クィンが現れるところには、必ずドラマがある」と話します。
この言葉通り、サタスウェイトがハーリー・クィンと出会うと必ずドラマ=事件が起こります。
ハーリー・クィンが事件をもたらす、といっても過言ではないかもしれません。
いや、もともと事件にならなかったものの異様性に光を当て、事件を浮かび上がらせるというのが正しいでしょうか?
登場するだけでその場の秩序を破り、サタスウェイトにヒントを与えることで物語を展開させるハーリー・クィンはまさにトリックスター!
さらに、ハーリー・クィンは事件の前に突然姿を現し、事件が解決すると早々に立ち去ります。
話によっては、事件解決前にいなくなってしまうことも。
この神出鬼没ぷりも、まさにトリックスターのそれですね。
<ネタバレ注意>ハーリー・クィンは実在するのか?
「ハーリー・クィンの事件簿」に収録された最後の短編『ハーリー・クィンの小径』では、ハーリー・クィンの実在を否定するようなラストが描かれます。
ハーリー・クィンがある人物と2人で坂を登ったあと、その様子を見ていたサタスウェイトは2人の後を追います。
しかし、そこにハーリー・クィンの姿はありませんでした。
後に、その光景を違う場所で見ていたメイドがある人物が1人で坂を登っていたと話します。
ハーリー・クィンの姿は見ていない、と断言するのです。
その直後、ハーリー・クィンと会ったサタスウェイトは彼に「なぜ、メイドには姿が見えなかったのか」と問い詰めます。
すると、ハーリー・クィンはこう言います。
「あなたが支払った代償の結果として、あなたには見えるんです――ほかのひとには見えないものが」(「ハーリー・クィンの事件簿」より)
それってつまり、ハーリー・クィンはサタスウェイトにしか見えない、ということなのでしょうか?
・・・とここまで書いたものの、わたしは物語を深読みするのがあまり好きではありません。
そのため、このセリフを読んでも「まあ、ハーリー・クィンはそういう存在なのだろう」とすんなり受け入れています。
物語の中で実在しようがしなかろうが、キャラクターとしては存在しているし、面白いからいいじゃないか。
謎は謎のままでいい。無理に解き明かすのはナンセンスだ。
基本的にわたしはそんなスタンスなので、これ以上深掘りするのはやめます。
ただ、スティーブン・キング「IT」の影響から道化師には怖いオバケのイメージがあったりします。
劇中でもおよそ人間業とは思えないことをしているので、たとえ実在していても人間ではないでしょう。
花緒の感想
アガサ・クリスティーの短編集「ハーリー・クィンの事件簿」は、1話1話が短く簡潔なので、非常に読みやすい作品でした。
仕事の合間に1話読んでまた仕事、といった風に作業の合間に読める手軽さも短編の良さですね。
ただ、1920年代という時代設定上、現代では少し問題になりそうな差別表現も多々あります。
これはアガサ・クリスティーの他の作品も同様ではありますが、そんな表現も含めて当時の様子を感じられるので逆に良いのかなとも思います。
今度はアガサ・クリスティーの長編もここでご紹介できたらと思います♪