柚木麻子さんの小説「伊藤くんAtoE」の感想です。
イケメンながら中身が残念すぎる『伊藤くん』と、伊藤くんを取り巻く女性たちの悲喜こもごもを描いた連作短編集です。
痛烈に苦い恋愛小説ですが、女の友情も強め。
そして最後には生きることに勇気づけられる小説でもありました。
- 作者:柚木麻子
- 対象:中学生以上
- 性的な描写あり
- グロテスクな描写はなし
- 2013年9月に幻冬舎より刊行
- 2016年12月に文庫化
- 2017年にドラマ化
- 2018年に実写映画化
「伊藤くんAtoE」あらすじ
「伊藤くんAtoE」は柚木麻子さんの恋愛小説です。
ポップな表紙とタイトルから楽しい恋愛小説だと思い手に取りましたこの1冊。
恋愛小説なのは正解でしたが、内容はとんでもなく痛烈でした・・・。
ただ、柚木麻子さんらしいズバッとした痛烈さでとても面白かったです。
そんな「伊藤くんAtoE」のあらすじを掲載します。
美形でボンボンで博識だが、自意識過剰で幼稚で無神経。人生の決定的な局面から逃げ続ける喰えない男、伊藤誠二郎。彼の周りには恋の話題が尽きない。こんな男のどこがいいのか。尽くす美女は粗末にされ、フリーターはストーカーされ、落ち目の脚本家は逆襲を受け…。傷ついてもなんとか立ち上がる女性たちの姿が共感を呼んだ、連作短編集。
伊藤くんAtoE―Amazon.co.jp
この「伊藤くんAtoE」は『伊藤くんA』からB・C・Dと続き『伊藤くんE』まで、全部で5つの話が収録されている連作短編集です。
短編ごとに主人公が異なりますが、どの主人公も『伊藤くん』と関わりがある女性です。
5人の仕事も年齢も立場も違う女性から見た『伊藤くん』こと伊藤誠二郎、そしてそんな『伊藤くん』との関わり合いを通して女性たちが変わっていく姿が描かれています。
ちなみに、あらすじは若干カッコよく書かれていますが、伊藤くんはイケメンですがシンプルにクズです。
2017年にドラマ化&2018年に実写映画化
「伊藤くんAtoE」は2017年にドラマ化、2018年には同じキャストで映画化されています。
ドラマは女性たちの視点から、映画は伊藤くんの視点からと、逆方向から描かれているとのこと。
ドラマと映画が同時進行で制作されたという面白い企画だったようですね。
ちなみに、このとき『伊藤くん』を演じたのは岡田将生さん。
岡田将生さん=伊藤くん、伊藤くんの中身はさておき、外見はこの上なくピッタリなキャスティングだと思います。
「伊藤くんAtoE」感想
「伊藤くんAtoE」は、『伊藤くん』の近くにいる5人の女性たちの姿を描いた小説です。
女性たちの特徴・伊藤くんとの関係をまとめると
- A:デパートの高級革製品の店員
- 伊藤くんに片想いしている
- B:学習塾の事務アルバイト
- 伊藤くんにストーカー行為をされる
- C:洋菓子店の店員
- 伊藤くんのことが好きな親友を持つ
- D:大学の事務員
- ずっと伊藤くんに片想いしている
- E:脚本家
- 伊藤くんの先輩で脚本制作の指南をする
といった感じになります・
このうちAとB、CとDは互いにストーリーや登場人物ががリンクしています。
EはA~Dまですべての裏側であり、総括といった感じでした。
恋愛 < 女性同士の友情?
ジャンル的には恋愛小説に入ると思われますが、恋愛よりも女性同士の友情が色濃く描かれた作品に感じました。
作中にアメリカの人気ドラマ「セックス・アンド・ザ・シティ」や、女性4人の友情がテーマの連続ドラマ「東京ドールハウス」(架空の作品)などがたびたび登場する点でもその側面が強調されています。
A・B・C・Dのどの女性たちにも親友がいて(いた)、恋愛の悩みを打ち明ける対象がいました。
ただ、Eの女性だけそういった存在がいません。
だからこそ『伊藤くんE』のみ、他の短編とは異色の出来になっていたのだろうと思います。
また、一口に「親友」と言っても、その関係性は人によってさまざまだと考えずにいられませんでした。
一方からは普通に仲が良い親友に見えたのに、反対から見ると軽蔑や嘲笑の対象だったりするのでやや怖かったです。
しかし、そんな負の感情も含めて受け入れられるのが親友なのかもしれないとも思いました。
そういう女性同士の強固なつながりが、伊藤くんにとっては我慢ならなかったのでしょうね。
また、途中から伊藤くんとは対照的な男性が登場し、物語を良い意味でかき乱します。
個人的にはこの男性に伊藤くんをコテンパンにしてもらいたかったのですが・・・。
『伊藤くん』を愛する&嫌悪する女性たち
わたしは「伊藤くんAtoE」の『伊藤くん』が普通に嫌いです。
逆に、この人物描写から好きになれる人は少ないと思いますが、読みながら嫌悪感に心が蝕まれていくほどにわたしは嫌いになれました。
小説として冷静に読んでいれば伊藤くんのような分かりやすい地雷を踏むことはないと思います。
ただ実際に恋をしたら・・・、と考えると少し怖かったです。
伊藤くんにハマる女性は美人で聡明、性格も良い人たち。
なのに伊藤くんにハマり、振り回された挙げ句、軽く地獄を味わいます。
それでも伊藤くんを忘れることが出来ないほど重傷な恋の病に陥っているのです。
もはや依存症とも言えるべき恋愛、でもそれが恋愛なのかもしれないとも感じました。
ただ、伊藤くんを取り巻く女性は『好き』か『嫌い』しかなく、その中間がないというのが面白かったです。
ある意味、魔性の男と言えるかもしれません。
「伊藤くんAtoE」のラストは、ちょっとどころではなくホラーでした。
正直、嫌いですが伊藤くんのその後が気になります・・・。
しかし、この先の人生への希望も感じられる良いラストでもあります。
今日から、生きていくのが少し怖くなくなる。そう勇気付けられました。
内容はそこそこハードですが、全体的にコメディ調で読みやすいのが特長です。
また、ところどころに登場するスイーツの描写がたまりませんでした!
柚木麻子さんの小説はいつもスイーツが美味しそうでおなかが空きます・・・。
「伊藤くんAtoE」の感想でした。